いざ、新オフィスへ。

今日は新オフィスではじめて全社員が出社する日です。

前夜から降り続いた雨がカラリとあがり、晴れ間が見える神田の街。そのほうぼうから、社員たちがぞくぞくと出社してきます。玄関前で歩みを止めてビルを見上げる人、記念にパチリと撮影する人。それぞれが新鮮な気持ちを胸に、新オフィスに足を踏み入れていきます。

1階フロアに咲くたくさんのお花は、移転のお祝いにいただいたもの

社員たちを迎えるのは、「働くソト」として誰もが自由に活用できる1階のオープンカフェ・ライブラリー。

建築家の髙濱史子さんが、「オフィスは室内にあるもの」という常識を壊してつくった、半屋外の空間です。

扉が大きく開け放たれた、ウチとソトの境界を感じさせないフロア。その奥にあるカウンターテーブルでは、仕事をしてもよし、ランチを食べてもよし。神田の街のざわめきや外気を肌で感じる環境が、創造的な仕事を後押ししてくれそうです。

たくさんの胡蝶蘭に彩られたアプローチを抜けて、エレベーターで2階を目指します。

エレベーターの扉が開いた先に広がるのは、フルフラットなフロア。ここはみんなが集まる場所、「原っぱ」です。

「原っぱ」は、建築家・青木淳さんの著書『原っぱと遊園地』から引用したネーミング。「新オフィスは、社員が工夫して、自由に使いこなしていく『原っぱ』のような場所にしよう」という、CEO田中さんの思いが形になっています。(くわしくはVol.4

注目は、床。金属素材の床に、等間隔でいくつものベニヤ板が埋め込まれています。

じつはこのベニヤ板、床から「芽」のように引き上げて組み立てる仕様の椅子なのです。通称「種ベンチ」は、「使い方を自分で考え、工夫して、たのしんでほしい」という髙濱さんの考えから生まれました。

「すこしコツがいりますね」「こう? できた!」と好奇心をおさえられない様子で、種ベンチを組み立ててみる社員たち。はじめて触れるアイデアに、よい刺激を受けています。

再びエレベーターに乗り込み、5階から8階にかけての執務エリアへ。

前オフィスと比べると、狭くなったはずの執務エリアですが、窮屈さを感じさせません。それもそのはず。余裕ある空間づくりのために、さまざまな工夫がこらされているのです。そのなかの一つが「吹き抜け階段」。

執務エリアが多層階に分かれる環境でも、社員同士のコミュニケーションが「閉じない」ようにと設置されました。オフィス空間とコミュニケーションの両方に風をとおすのが、吹き抜け階段の役割なのです。

引っ越ししたてで、段ボール箱は山積み。本格的な荷ほどきはこれからです

社員たちはさっそく、階段を活用して自由に移動します。のぼる人、おりる人が声をかけあいながらゆずったり、おどり場で立ち止まって雑談したり。さっそく気持ちのよい会話が生まれている様子です。

さて、運用面は?

対話をうながす工夫は、吹き抜け階段などのハード面だけではありません。他部署間のコミュニケーションを活性化させる「部署ローテーション制度」もその一つ(くわしくはVol.8)。入居初日から稼働しています。

制度の詳細をプロジェクトメンバーに訊いてみましょう。

リーダーごっちん「 デザイナーと管理部を除いた全部署が、週替わりに座席をローテーションする仕組みです。執務エリアの全フロア(5~8階)で、グループの拠点を変えていきます。各部署のフロアの割り当ては、エレベーターホールのモニターで確認できるんですよ」

モニターは、各フロアの稼働率(席の利用状況)も表示してくれる優れモノ! プロジェクトメンバーのひとり、洋二郎さん率いるシステムチームがつくってくれました(くわしくはVol.12)。

ところで、この部署ローテーション制度。社員からはどんな反応があったのでしょうか。

地域共生事業部あっきー「『隣の人との距離が縮まって、いままで以上に会話が弾む』『なにげない雑談が刺激的でたのしい!』との声がちらほら届いています。成果を実感できてうれしいですね」

新オフィスには、話したい人にすぐアクセスできる「便利さ」はないかもしれません。けれど、偶発的に人と繋がれる「豊か」な場所になりつつあるようです。

気になるのが「いま、〇〇さんは何階にいるの?」問題。

9フロアをようする新オフィスでは、誰がどこにいるのか、すぐにわからないのが難点です。そこでシステムチームは、社員の居場所を即座に把握できるシステムの内製を進めていました。(くわしくはVol.12)。大きなチャレンジはうまくいったのでしょうか。

システム洋二郎「内田くん(システムチームのメンバー)ががんばってくれたおかげで、すでに実用化しているんですよ」

洋二郎さんはそう言ってパソコンの画面をひらき、居場所把握システムの詳細をていねいに説明してくれます。

システム洋二郎「社員のパソコンが捕まえている電波情報を取得して、何人出社してきているのか、誰がどこにいるのか、ほぼリアルタイムでわかるシステムをつくりました。各フロアの南側にいるのか、北側にいるのか。だいたいの座っている位置もわかります。

情報はスプレッドシート(表)に随時反映されて、全社員がスマートフォンやパソコンで確認できるんですよ」

社員に周知して、本格的に運用するのはこれからとのこと。「制約のなかにこそクリエイティブが宿る」との思いで、ねばり強く開発された居場所把握システム。ゆくゆく社員たちに重宝されるツールの一つになっていきそうです。

引っ越し完了。だがゴールじゃない!

お昼。希望する社員に向けてオフィスツアーが開催されました。プロジェクトチームから、各フロアのコンセプトや、あたらしい社内ルールを伝えていきます。

時折、参加者から質問が投げかけられ、オフィスをより快適につかうための意見交換がおこなわれます。

1時間にわたるツアーを終えて一息ついたプロジェクトメンバーのはぎさん。いまの率直な思いを聞かせてもらいました。

設計はぎさん「ようやく移転の日を迎えられて、正直、グっとくるものがあります。でも、これがゴールじゃないですから」

彼女が言うとおり、引っ越しはあくまでJINSが変わるためのきっかけにすぎません。JINSはここから変革を起こしていかなければならないのです。

「完成していない場所もあるし、気が休まるのは、まだまだ先だなあ」と笑う設計はぎさん。前のめりに意気込むその表情からは、疲労ではなく充実の色が伺えるのでした。

オフィスをみんなで育ててゆく

夕方。「原っぱ」で「新オフィス決起パーティー」が開催されました。パーティーといっても、引っ越しをただ祝うだけの会ではありません。「これまでの働き方を変えて、これからのJINSをつくっていこう」と全社員で決起するための特別な場です。

「大企業病から脱して、変化を恐れずチャレンジしていきましょう」。副社長・田中(亮)さんからの社員を鼓舞する一言ではじまった決起パーティー

乾杯のあと、このオフィスの設計を手掛けた建築家の髙濱さんが登壇しました。

「みなさん、どうぞ食べたり飲んだりしながら、リラックスして聞いてくださいね」

やわらかい声でスピーチをはじめた髙濱さん。新オフィスのコンセプト「壊しながら、つくる」が生まれた背景や、オフィスが改修されていく過程を、写真を織りまぜながら、わかりやすく説明してくださいます。

髙濱さんは新オフィスに込めた思いを話し終えると、一呼吸おいて、ゆっくりと言葉をつづけました。

「あの、なんと言うか……設計事務所をひらいて11年になるのですが、こんなにも現場に足を運んだプロジェクトは、今回がはじめてでした。

すでにある建物を壊して、あたらしくつくっていく過程は、思った以上に大変なことが多くて。たとえば、古い床を剝がしたり、壁を壊したりするたびに、予期しない問題が次から次へと出てくるんです。どうすればいいだろうと考え込むこともありました。

けれどその都度、プロジェクトチームの方々が一緒になって解決方法を考えてくれました。プロジェクトを支えてくれたチームのみなさんには、ほんとうに感謝しています」

髙濱さんの真摯な言葉一つひとつが、社員たちの胸に届きます。

「大切につくってきましたが、建物自体が年を重ねていることもあって、みなさんの要望にすみずみまで応えられないかもしれません。『なんだよ』と言いたくなるときもあると思います。そんなときには『わたしたちが育てていってあげるよ』と受け止めてくださるとうれしいです」

我が子を託すようにお話しされた髙濱さん。その投げかけに応えるように、盛大な拍手が巻きおこります。

「オフィスとともに我々自身も成長していかなければ」と、会場につどう全員が気持ちを新たにしたのでした。

壇上を降りた髙濱さんを囲んで、プロジェクトメンバーは思わず涙。肩を抱き合いながら、お互いの労をねぎらう姿も

あらたな仲間も加わり、次のJINSへ

懇親会の翌々日。朝礼でCEO田中さんから社員に向けてメッセージがありました。

「JINSは、今日ここから生まれ変わりましょう」

移転で気持ちが浮つく社員にカツを入れるような、力強い言葉運びに社員たちの背筋が伸びます。

「ビジョンである『Magnify Life(人々の人生を拡大し、豊かにする)』のために、我々はいままで、やれることをすべてやってきたでしょうか。私はそうではなかったと思っています。お客さまのために、もっと限界に挑戦できるはずです。

本社移転を機に、大企業病から脱してベンチャー魂を取り戻したいんです。『ベンチャー』の語源は『アドベンチャー』。つまり冒険をおそれない企業を、ベンチャーというのです。

リスクが付きまとう冒険の旅路には、同じ志を持つ仲間が必要です。いま一度、一人ひとりが冒険者であり、お互いが同じ志をもつ仲間なのだという認識を持ってください。そして、ともに働き方を変え、JINSを変えていきましょう」

ここで、JINSの歴史の1ページになるような重大ニュースが発表されました。

「我々の旅に、心強い仲間が加わります」

田中さんが紹介したのは、Paul Nixon(ポール・ニクソン)氏。約18年ものあいだ、Appleのクリエイティブディレクターを勤めてきた、デザインやマーケティング、ブランディングのプロフェッショナルです。世界に影響をおよぼす仕事をしてきた彼が、6月1日付けでJINSのグローバル・チーフ・クリエイティブ・オフィサーに就任したのです。

カスタマーエクスペリエンスのデザインと刷新やグローバル戦略など、北カリフォルニアのシリコンバレーを拠点に、米国の主要市場を含むJINSのグローバルな成長をリードしてくれる予定です。新時代を切り拓こうとするJINSにとって、これ以上ない強力な仲間です。

朝礼の最後。田中さんは宣言するかのように、こう結びました。

「強い“執着心”をもって『Magnify Life』の実現を追求していこう」

田中さんの激励を胸に、神田オフィスを拠点とした、あたらしい挑戦がはじまります。

* * *

「たった2キロの長い旅。JINS本社引っ越し奮闘記」をいつもお読みいただきありがとうございます。今回をもって、連載は一区切りを迎えました。

しかし、長く読んでくださっている方はおわかりかもしれませんが、そう、移転したものの、まだ新オフィスは未完成です。サウナ、アート(そしてカフェも?……詳細はまた)、これらの要素がこれから加わっていきます。過去に登場したキュレーターの長谷川祐子さんや日本サウナ学会代表理事の加藤容崇先生が新オフィスにどう関わってこられたか……まだ、つづきをお伝えできていません。

“たった2キロの長い旅”(移転)は終わりましたが、この連載は今後不定期に、「たった2キロの長い旅。JINS本社引っ越し奮闘記 -その後-」としてつづけていきます。更新をお楽しみに!