緊張の社長プレゼンへ、いざ。

某日、午前11:30。東京・飯田橋のJINS本社ビル、29階会議室。

建築家・髙濱史子さんによる田中CEOへのプレゼン会場は、そわそわと落ち着かない空気に満ちていた。

「この資料、そっちに貼りますか」「順番変えましょう」「田中さんの席はここでいいですよね?」

入念に準備を進めながら、みんなの緊張が高まっていく。

(はたして田中さんはどんなリアクションをして、どんなフィードバックをするだろうか——

黒いシャツに鮮やかなオレンジのパンツを合わせた髙濱さんも、ぎりぎりまでメンバーと資料を確認していた。髙濱さんは有名ブランドの店舗から個人住宅までを広く手がける気鋭の建築家で、JINSでもかつて池袋東急ハンズ店の設計を担当。田中CEOからもメンバーからも、あつい信頼を寄せられている。

「さあ、田中さんが向かっていますよ! 準備はいいですか?」

広報いけっちが髙濱さん率いる設計チーム(「髙濱史子建築設計事務所」と「清和ビジネス」)のみなさん、そしてプロジェクトメンバーに声をかける。

ややあって、ドアが開いた。

起立したみんなに正面から迎え入れられ、「あれ、なんかヘンな雰囲気じゃない!?」とツッコミながら田中CEOが席につく。

準備は万端。いざ!

「アートとしての」オフィスをめざして

髙濱さんのプレゼンがはじまった。まずは、ビジュアルを使いながら新旧オフィスの面積差や1〜9階のフロアプランについて説明。そして「3年後に取り壊し予定のビルであること」や田中CEOからのメールに触れつつ、本引っ越しのコンセプトである「壊しながら、つくる」に話を展開した。

髙濱 「壊しながら、つくる」オフィスは、社員にとって完璧にお膳立てされた環境とはならないでしょう。でも、アイデアによって感性を刺激する空間にできれば、みなさんに「挑戦者としての意識」を取り戻してもらえるはずです。では実際に、どんなオフィスにしていくか。

スライドを切り替えると、「美術館×オフィス」という2つめのコンセプトが表示された。オフィスにアート作品を飾る企業は増えているが、彼女の構想はそれとは一線を画す。「美術館の中で働く」のだという。

髙濱 アートとしての階段、床、壁、照明……それぞれのあり方を探り、オフィス全体をアートとして捉えていきます。そうすることで、思わず行きたくなるような魅力的な場所、わくわくが引き出せる場所にできればなと。

さまざまな建築を例に示しながら「美術館×オフィス」の姿を説明する髙濱さん。そしてひと呼吸置くと、もう1枚スライドを進めた。それを見て、田中CEOがちいさくうなずく。

髙濱 「demolish architecture, add as art——建築を解体し、アートとして創る」。こちらが、この引っ越しプロジェクトのグランドコンセプトです。ただ既存の建物を壊すだけではなく、必要な機能はアートとして足していく。

あわせて、このコンセプトに沿った、アイウエアを提供するJINSならではのアイデアもいくつか提案された。たとえばトリックアートのように、「見る」を揺さぶるもの。レンズ加工時に生まれる廃材をアートに昇華したもの。そして、社員参加型のワークショップを開催することで、建物を「壊す」プロセスもアートにするという。

髙濱 また、部屋の配列がギャラリーのような2階フロア、そして外構にも、アートとしての高いポテンシャルを感じています。

その中でも、どうしても実現したいのが「アートチューブ」——2つの階段だ。

髙濱 閉じている既存階段は壁面などにアートを施し、吹き抜けの開かれた階段はそれ自体が彫刻のようなアートにしたいと考えています。ただ、「Moving Tube」はコストへのインパクトがかなり大きそうで……5階から9階を貫く「Simple Tube」か、5階と6階のみつなぐ「One Void」が現実的かな、と思います。

最後に、模型や写真を使いながら「アートとしてのオフィス」のイメージを共有。髙濱さんのプレゼンが終わった。

目指すオフィスは遊園地じゃなく、「原っぱ」

さあ、田中CEOからはどんな言葉が出てくるか。ほんの数秒の空白に、緊張が走る。

田中 ありがとうございました。はい、全体のコンセプトは良いと思います。実際にどんなアートを取り入れていくか、がひとつ問題になりそうですね。キュレーターをアサインして、アーティストを募集するのもあるかもしれない。それはこれから検討するとして……1フロアずつ見ていきましょうか。

さっと立ち上がり、壁に貼り付けた図面の前に向かう。まず気になったのは、4階の使い方のよう。

田中 ……「Think Lab」、必要? えらく広くとってあるけど。

広報いけっち 私たちも議論したのですが、あえて残した理由は2つあります。『JINS MEME(*)』が生んだブランドとして存続させるべきと思ったのと、社内アンケートでも意外と要望が多かったから、です。

(*)……現オフィスが集中に向いていないことが、はからずもJINS開発のメガネ型ウエアラブルデバイス「JINS MEME」で発覚し、集中スペース「Think Lab」が誕生した経緯がある

田中 うん。ひとつめは気にしなくていいし、ふたつめは、無視!

一同 ええ、無視……!?

田中 だって、実際にリモートワークが増えたことであまり使われなくなったのを、みんなも見てるよね? 限られたスペースにわざわざつくることないよ。それより、1on1にも使えるスペースを充実させたほうがいい。

広報いけっち なるほどです。一方で、全社員が自宅で集中できる環境が整っているわけではなさそうで、執務スペース内の個別ブースは現在も使用率が高いのですが……。

田中 なら、わざわざ別フロアに置くより、(9階執務フロアを指して)窓際の席にそういうエリアをつくればいいんじゃない?

田中 あと気になったのが、みんなが集まれるようなワンフロアぶち抜きの場がないこと。なんにもないフロアは絶対必要だと思う。3階は“真っ白”でいいんじゃない?

設計はぎさん ええと……!? それは……いろいろ調整していかないとですね……。

ただでさえ面積が大幅減になる引っ越しだ。どこかを広くすればどこかが押しやられてしまう。現状、メンバーがベストだと判断したバランスで収めているため、「ワンフロアぶち抜き」というアイデアに動揺が走る。

田中 それと、壁が多すぎるね。もっと回遊して自由に働けるような空間にしなきゃ。R&D(研究開発)室もデザインルームも専用個室にする必要、ないでしょう。社長室だって壁がなくていいと思っているくらいなんだから。7〜9階の執務スペースも、いまとあんまり雰囲気変わらないんじゃない? これでみんなの意識、変わるのかな?

言葉に詰まるメンバーたち。田中CEOはみんなに対し、「今回の移転プラン、髙濱さんのコンセプトの方向性はとてもいいと思う」と語りかけた。

田中 でも、「この場所はこれに使いましょう」って細かく決めすぎていると思います。結局「オフィス」の型にはめようとしているんですよね。これでは、挑戦者マインドは取り戻せないでしょう。いまの案は、「遊園地」になってしまっているんですよ。

一同 ……???

田中 建築家の青木淳さんの著書『原っぱと遊園地』に書いてあったことなんだけど、このふたつは、子どもが喜ぶ場所という意味で似ているようで、じつはまったく違う場なの。原っぱは遊び方が決まってないけれど、遊園地は完全に決められている。僕たちが目指すべきは、原っぱ——そこにいるひとがなにかを行うことでつくられていく空間です。

設計はぎさん ああ……たしかに、狭くなる空間に既存の機能をいかに「配置」するかを考えてしまったかもしれません。

「これこそが大企業病だよ!?」

髙濱 田中さんのおっしゃること、よくわかります。わたしも少し気になっていたところでした、まとめてしまったなあと。

田中 はい。今回の引っ越しは、「オフィスのあり方に問いを立てる」が最上位の目標だと僕は思っています。世の中のオフィスって既成概念で凝り固まってるじゃないですか? ぼくらがあたらしい問いを立てて、壊して、世に問うていく。そんなプロジェクトとしてやっていきたいんです。……ちょっと、ペンあります?

赤ペンを手にした田中CEOは、壁に貼ってある図面に大胆に線を引き始める。

田中 さっきも言ったとおり、3階をワンフロアぶち抜きにするでしょう? だからいま3階にある倉庫は上のフロアに持っていく。5階はワンフロアまるっとカフェにするから、ライブラリーも上階に持っていって。執務スペースが足りなくなる? 仕事もできるカフェにすればいいじゃない、飲食に限らないでさ。

自由に働く社員の姿が見えているかのように、迷いなくペンを入れていく。パズルのようにスペースを割り振り、必要な要素がきっちり収まるよう話し合った図面に、「余白」や「余地」を生むための案が次々と書き込まれていった。

田中 この引っ越しを通して、「オフィスの常識」を壊してほしいんです。現場からもいろいろ言われるかもしれないけれど、常識を破ろうとしてるのに意見を聞きすぎちゃダメ。思い切ってやっちゃってください。「田中はこういうふうに言うだろうな」で突き進んでいいから。いまのプランは潔くないです。

一同 はい……!

会議室をぐるりと見回し、「そもそもさ」と笑いながら田中CEOが活を入れる。

田中 この会議の体裁自体がもうダメじゃない!? この空気。社長がひとりだけ前にいて、みんなと向き合って。カジュアルに意見、言いづらいじゃない。現にみんな黙りこくっちゃっているでしょ。これこそが大企業病だよ!?  いい? こういうところから変えていかないとね。

設計はぎさん うう、すみません。こういうところからもう、意識を変えていかないといけませんでしたね……。

田中 ははは。全体の方向性自体はいいから、もう一度考えてみてください。

設計はぎさん わかりました。……田中さん、ちなみになんですが、アートチューブ(内階段)を実現するにあたって予算オーバーは許されないですよね……?

田中 なるべくおさえてほしいけどね(笑)。でもそれが最上のものだったら、また考えるから。うん、この5階から9階のアートチューブ、ぜひともやってみたいね。いいと思います。

髙濱 はい。見積もりと照らし合わせて、よく検討します!

ほぼ決まったと思われたプランを、ほぼ検討しなおすことになった引っ越しチーム。ただ、そこに不思議なほど悲壮感はありません。ひとまずお互いプレゼンの場を労いつつ、「さてどうしましょうか!」とさっそく次回打ち合わせの日程を確認します。

——しかし、1週間後。「どうやって自由な〝原っぱ〟をつくりあげていこうか」とみんなが頭をひねっている折、田中CEOからプロジェクトメンバーにメールが届きました。

サウナ……!? プロジェクトメンバーに激震が走ります。一体どういうことでしょうか——

〜次回へつづく〜