一筋縄ではいかない、とわかってはいたけれど。

前回お送りした「役員相談会」では、春先からずっと詰めてきた「働き方」について役員のみなさんのアドバイスや承認をもらい、ほっと胸をなでおろした引っ越しプロジェクトチームの面々。その翌日、同じ内容についてCEOの田中さんとのミーティングが行われました。

すり合わせたいポイントは、ざっくり3つ。

まず、ラウンジのようにゆったり使えるカフェスペースや、集中したいときのソロワークスペースを5階や9階に確保するためにも、ぎゅっと詰め込んだ執務スペースのレイアウト。

ふたつめが、部署ごとに週替わりで席替えし、ふだん実務的にはあまりコミュニケーションを取らない同僚との対話を活性化させる週替わりの「部署ローテーション制度」。そして、ときには通勤時間や場所に縛られずクリエイティブな働き方ができるよう、ハイブリッドリモートワークの指針として社員に示したい「週3出社目安」。

これらが、プロジェクトメンバーがJINSの「大企業病」を払拭するために腕まくりして考えた、社員に提案したい「あたらしい働き方」です。

さて、田中さんとのミーティングは飯田橋オフィスの会議室で行われました。まずは建築家の髙濱さんが制作した、ベニヤと単管パイプを組み合わせたラフな素材感を活かしたデスクのお披露目からスタート。執務スペース(6〜8階)に並べる予定の机です。

「壊しながら、つくる」を体現し、簡単に分解もできるオリジナルのデスクを見て、田中さんも「おもしろいですね!」と好感触。「カドを丸めたい」といったリクエストはありつつも、なかなかポジティブな反応です。

ところが……話が執務スペースの使い方に及ぶと、表情が一転。どうやら、6〜8階全体のレイアウトがいまいち腑に落ちていない様子……! 

デスクが整然と、お行儀よく並べられた図面を見て、「うーん」と考え込みます。

それに対し、「あえて」6〜8階を執務スペースとして割り切った思惑を伝えるべく、メンバーたちは言葉を尽くします。

広報いけっち「ここはあくまで、拠点になります」

髙濱「ここにオフィス机をおさめることで5階のカフェや9階のラウンジにゆとりが生まれるし、2階の多目的スペース『はらっぱ』を席数にカウントせずに済みます」

設計はぎさん「ほかのフロアはユニークなつくりですし、全体で見るとおもしろいオフィスになったかなと」

リーダー穴澤出社率のデータから見ても、これくらい詰め込まないと社員が入りません」

それらに対し田中さんはぽつりと、「だってさ……これじゃあ、『大量生産』って感じじゃない?」

ユーモラスでインパクトのある表現に、思わず笑ってしまうメンバーたち。でも、みんなで何度も話し合い、「これなら」と思って提案したプランです。なんとかメリットも伝えたいのですが……。

田中「既視感があるんですよ。どこかで見たことのあるオフィスになっている。端的に言えば、おもしろくない、かな。もっと、わくわくする空間にしたい

田中さんの言葉が会議室に響きます。サウナ、「はらっぱ」、働けるソト。ビル全体で見れば個性豊かでおもしろいオフィスになってきたはずだけれど、その中にある「ふつう」が田中さんはどうしても気になるようです。

「どうすれば社員にじゅうぶんな席を提供しつつ、見たことのない執務スペースをつくれるか」——またまた、超難題です。なにかヒントはないでしょうか!? みんなで探っていきます。

オフィスは大量生産、働く社員は囚人!?

困惑するメンバーとは対照的に、どうすれば「ふつう」の執務スペースを「わくわくする」空間にできるか、田中さんは思いつくかぎりのアイデアをどんどん出していきます。

田中「詰め込まれた感じをあえて演出するなら、パリのカフェみたいにひとりがけの椅子と机をぎゅうぎゅう詰めにするのはどうでしょう。机をつなげて使うにしても、極端な話、フロア全体にヘビが這っているようにぐにゃぐにゃテーブルを並べるとか。ただ机がまっすぐ並べられていても、おもしろくないじゃないですか」

写真:JINS

田中さんのリミットのない自由な発想に対し、髙濱さんが控えめに、冷静に答えます。

髙濱「ただ……ひとりがけの椅子だとチームで働きにくいですし、曲線を用いると空間効率が悪くなり、社員の8割の席数はとても確保できなくなります。場所を勝ち取る、みたいな状況になってしまうんです。出社したときに自分の席があるかどうかわからないと、みなさん不安で来なくなってしまうんじゃないかなと」

田中「がんばって勝ち取ってくれないかなあ(笑)。あとは、たとえばこの髙濱さんのデスクは6人がけでも使える設計ということだけど、これを半分に切ったら正方形のデスクが2つで、8人座れる。ベースが2人増える。そういうふうに考えることもできませんか?」

設計はぎさん「脚の形状を変えれば可能ですが、そうすると通路も狭くなるし、配置効率が悪くなってしまうんです。机の上のスペースも、長方形のほうが確保しやすいですし」

田中「うーん、はぎちゃん、そこはトレードオフなんじゃないかな。問いを立てずに効率ばかり取っていると、ぎゅうぎゅうでつまらない、囚人みたいに働く場になっちゃうんです。もう囚人はやめましょうよ!

田中さんらしい言葉選びでまた笑いを誘いつつ、「もっとおもしろくしようよ!」とメンバーにハッパをかけます。データやヒアリングも踏まえ、社員のクリエイティビティを引き出す働きやすいオフィスをつくっているつもりでしたが……まだまだ常識に囚われているのでしょうか? 途方に暮れるプロジェクトメンバーに、田中さんが声をかけます。

田中「ちょっと想像してみてください。単管テーブルのアイデアはいいと思うけれど、これが3フロアにわたってぎっちり並んでいたらどうでしょう? ね、『囚人』って、そういうことなんです。同僚とのコミュニケーションはたしかに必要だけど、まずは働くみんなが心地いいかどうかも重要ですよ。ここ(6〜8階)に詰め込まれて、快適でしょうか」

リーダー穴澤「おっしゃることはとてもわかりますが、我々は、狭さや不自由を享受することもベンチャー魂につながるんじゃないかと考えたんですよね。昔みたいに、『ちょっとすみません』って身体を細くしながら後ろを通るのも悪くないと」

田中「ああ、それは一理あるかもしれないね」

リーダーの言葉に、「なるほど」とうなずく田中さん。とはいえ、それでも妥協しないのが我らが社長です。

田中「ただ、いまはJINSとしてのクリエイティビティも、同じくらい大事にしてほしいんです。席数を確保するにしても、ほんとうにただ詰め込むしかないのか? 問題を解決するのがデザインの力ですよ。たとえばこの9階のサウナやフィットネス、リラクゼーションルームのプランはとてもいいと思うので、この心躍る感じを執務スペースにも反映させてほしいですね」

髙濱「うーん。あたらしい働き方を提供できて、見た目もあたらしい、既視感のないオフィス……。もう一度、検討してみます」

田中「はい。今後は、前橋でも社員が働くようになって、神田オフィスの人数は多少減りますから。それも踏まえて、もっと思い切ってあたらしいデザインを考えてみてください!」

写真:JINS

さあ、行く末が見えなくなってきましたが……!

ここで広報いけっちが、すっかり議論の外に追いやられていた「部署ローテーション」について話を展開します。

広報いけっち「ところで、運用もある程度見越しておきたくて。週替わりで部署ごとに席替えする施策についてはどう思われますか? ランダムにいろいろな部署と隣になることで、ふだんコミュニケーションを取らない人たちと雑談したり、仕事をのぞき見したりできるんです」

田中「それは席を入れ替えるだけだし、できると思いますよ。でも、そんなに思惑通りいくかな? 席が近くても、どうしたって仲よくならないこともあるよ(笑)」

広報いけっち「この部署ローテーションは飯田橋のひとつ前、原宿オフィスでうまくいった方法なんですよ。当時は人数増を受けた苦肉の策だったんですが、思わぬコラボレーションに発展しました。いま、多くの人の顔と名前と部署が一致しないという課題が出てきていますが、やっていくうちに他部署の輪郭も分かってくるようになると思います」

2014年〜現在が東京本社、飯田橋オフィス。2011年のビルが、部署ローテーションを採用していた原宿オフィス(Vol.2より再掲)

田中「なるほど。ただ、導入するにしても6〜8階全体でやるのはやや懐疑的かな。落ち着かないんじゃない? 7階だけなど一部分でいい気がしますが、そこも含めて検討してみてください。いかんせん、ベースとなるデスクのかたちやレイアウトから考えましょう! いまのままじゃ、これまでと同じ『オフィス』そのものだから」

また執務スペースに話が戻ったところで、時間切れ。「週3出社目安」については議論することもできませんでした。はぎさんが「ああ時間……とにかく、もっと考えます!!!」と締めると、その気合いのこもった声に今度は田中さんが吹き出します。

田中「はぎちゃん、鼻息荒いね! なにはともあれ『機能』ではなく『人』中心で考えて、常識を凌駕してください。……髙濱さんも、大丈夫そうですか?」

髙濱「おっしゃることは理解はできています。が、それをどうやって実現しようかなと。前に進んだ分、ゴールも遠くなってる感じがします(笑)」

田中「ははは。さっきも言ったけれど、それを解決するのがデザインの力なんですよね。せっかくいいところまで来てるので、みんな、妥協なくいきましょう!」

想定してはいたけれど、想像以上に一筋縄ではいかなかった「働き方」の提案。主に、6〜8階の執務スペースのデザインが大きな課題となりました。

ただでさえ大胆に狭くなるオフィスだし、ほかのフロアでクリエイティブを担保するぶん多少の詰め込みは仕方ない、と思っていたけれど……。やっぱりこだわってやりきらなくちゃ! と気持ちをあらたにした引っ越しプロジェクトメンバーでした。

——さて、今回田中さんから「囚人」「心地いい」といったキーワードも飛び出しましたが、これ、「ある人」の考えに共感しての言葉だったのかもしれません。それはいったい誰なのか? 次回更新をおたのしみに。

~次回へつづく~