原点に戻って街を歩こう

ビルの入り口でありオフィスの顔となる1階部分に、荷さばき倉庫やカフェ、プロジェクトスペースなどを配置していた前回のプラン

「おもしろくない」「オフィス周辺の人たちはどんなものをほしがってるのか、よく考えてみてください」。そんなCEO田中さんの言葉を受け、プロジェクトメンバーは「1階の使い方」について議論を重ねました。

まず、前回浮上した「サウナ事業案」は、「ととのい」スペースが設けられないうえにサウナ室も極小、と中途半端なものになることが明白に。それに設置コストや運営システム費もかかってビジネスにはならなそうとなり、あえなく断念……。「これだ!」という案が見つからず頭を抱えていたある日、設計はぎさんがみんなに提案しました。

会議室での設計はぎさん。ふだんはJINS店舗の設計施工の管理を担当しています

「もう一度、『ここで働く自分たちがほしいもの』に立ち返ってみよう。そのためにも、もっと神田のことを知らないと。わたし、行ってきます!」

ということで、新オフィスのある神田探索に繰り出すことに! 飯田橋オフィスを抜け出し、神田へと足を運んだのです。

写真:JINS

スタートは、次なるオフィスである「安田シーケンスタワー」。チャットツールを使い、プロジェクトメンバーにリモート実況しながらビルや街、人を観察していきます。

「この側面の壁がなくなれば中の様子が見えるし、歩いてる人の目を引きそう」

「通行人はオフィスワーカーがほとんどです。まれに、学生と主婦らしき方が通りかかるくらい」

「(古い建物をリノベーションして2021年に生まれた複合施設)『神田ポートビル』では、縁側のようなベンチで談笑するオフィスワーカー3人の姿が。こういう『集まる場』があるといいなあ」

「ランチできるお店は多いけど、さっと食べられるファストフードがないかも。パン屋も少ないです」

「(安田シーケンスタワー斜向かいのオフィスビル「神田スクエア」も偵察して)誰でも入れる広場があります。屋内共用スペースでは、仕事をしている人やお弁当を食べている人もいますね」

写真:JINS

しばらくしてオフィスに戻ってきた、はぎさん。早速、街歩きから閃いたアイデアをみんなに送りました。

「キッチンカーはどうでしょう!?」

「日替わりで違うものを食べられたら社員もうれしいし、ご近所のオフィスワーカーも来てくれそうだし、本社に用事で来る店舗スタッフも気楽にランチできそう」

「いっそ壁もガラスも取っ払っちゃって、半屋外のスペースにできたらおもしろいかも!」

「ビルの裏手には『キンキン広場』もあるし、我々はJINJIN広場ですね(笑)。床、芝生にできるかな」

パンダの遊具がひとつしかないキンキン広場。「ストイックな公園」とネットで話題になり、テレビでも取り上げられたことのある神田の名所(?)です 写真:JINS

なんとも楽しげなプランですが、もちろんただの思いつきではありません。コンセプト「壊しながら、つくる」と、それを実現する「One Tree」のイメージを体現できるか、突き詰めて考えた末に生まれたアイデアだったのです。

「One Tree」は、建築家の髙濱さんが提案した新オフィスのアート部分を貫くアイデアです

この構想に、メンバー全員がビビッと来たようです。すぐに集まってミーティングを開き、詳細を詰めていきます。

いまある壁や窓を壊して、新1階をつくる。半屋外にすることで、これまで「One Tree」に足りていなかった「太陽」や「風」を表現する。そして、その空間では社員や地域の方のために手軽な食事を提供する——。その中で、「広場・芝生・キッチンカー」といったキーワードも固まりました。

みんな手応えを感じつつ、これらの案と、キッチンカーの動線を確保するために必要な情報をリサーチしてまとめ、髙濱さんに提出。メンバーのアイデアを建築家の視点から磨き上げ、新プランを作成していただきます。

そうして後日、髙濱さんとプロジェクトチーム、そして田中さんによる「1階相談会」がおこなわれました。

チャレンジング、だからおもしろい。

「1階相談会」の参加者は、田中さんを入れて8名。社長室の机を囲み、前回のプレゼンに輪をかけてカジュアルにおこなわれました。「相談会」の名のとおり、プレゼンというよりミーティングに近い雰囲気です。

引っ越しチームのシステム洋二郎とPMさん(プロジェクトマネジメントの会社)はオンラインで参加

はじめに髙濱さんは、新オフィスの立地条件から「通りがかった人がふらっと立ち寄る場をつくるのはむずかしい」という前提を共有。その中で想定できるプログラムの方向性を、いくつか挙げました。

たとえばJINSのカルチャーを生かすなら、前橋の「エブリパン(前橋にあるJINSが手がけるカフェ)」を使った朝食の提供、ここでしか買えないメガネの販売。SDGsを取り入れるなら、リサイクルボックスの設置。

髙濱「社員や地域の人のための場にする方向性では、髪のお手入れができる店、サウナ事業などですね。ただ、サウナ事業はかなりハードルが高いという結論です」

広報いけっち「取り壊しの可能性を考えると、投資に対する回収もむずかしそうで」

田中「そうだね、やはりここでサウナ事業は現実的じゃないね」

髙濱さんはこれらのアイデアを踏まえ、2つのシナリオを提案します。ひとつめが……。

髙濱「引っ越しチームのみなさんのフィールドワークの結果、手軽に摂れる食事を提供できたら……ということだったので、こちらはキッチンカーを導入するプランです。『壊しながら、つくる』のコンセプトに沿って、壁もガラスも取り払おうと考えています」

田中「ここ全部取っ払うの? なかなかですねえ(笑)」

髙濱「はい、冒険しようと(笑)。オープンエアな場所にして、街に対して『ひらく』。そうすることで、『One Tree』の太陽を感じられる場にもなります」

広報いけっち「調べたらこのあたりは広場が少ないためか、キッチンカーの空白地帯だったんです。きっと近隣の方にもよろこんでいただけると思います。木曜日はしらす丼だ、とか、社員にとっても出社の楽しみにもなりますし」

人事Sam「いまご相談しているキッチンカーを取りまとめる会社さんから、日替わりで斡旋してもらえそうで。ウチは場所を提供すればよいので運営もむずかしくなさそうです」

つづいて髙濱さんが示したシナリオ2が、こちら。

髙濱「じつは、『ひらく』をかなり気に入ってしまって(笑)。『外で働く』、こちらも壁を壊すプランです」

田中「ははは、いいね。ひらきたいですね」

髙濱「はい。今回壊すべきオフィスの既成概念ってなんだろうと考えたとき、『外気に接さないコントロールされた環境』じゃないかなという結論に至ったんです。半屋外の環境で、文字どおり地に足をつけて働くことで、大企業病から抜け出せるんじゃないかと考えました」

オープンカフェならぬ、オープンオフィス! この引っ越しの動機でもある「JINSが大企業病に罹っている」という懸念を払拭できそうなプランに、田中さんも大きくうなずきます。

髙濱「イメージは、ヨーロッパにある大通りに面したカフェです。外部の方が、打ち合わせ前後に考えをまとめたり休憩したりする場にもなると考えています。また、風除室やエントランスホールをなくしてエグゼクティブ会議室を持ってきたことで、『働けるソト』部分から直接エレベーターホールに抜けるよう動線も変えています」

髙濱さんが説明を終えるかどうか、というところで「うん、いいですね!」と田中さんが声をあげました。

田中「おもしろくなってきたんじゃない!? とくにこのシナリオ2、閉塞感があったエントランスホールをなくしたのもすばらしいです。……髙濱さん、これ、いいアイデアですよ!」

激賞の言葉に「夜中の2時ごろしぼり出しました(笑)」とうれしそうな髙濱さん。プロジェクトメンバーも「さすがー!」と思わず手をたたいたり、ガッツポーズしたり。

設計はぎさん「シナリオ1と2って、合体もできませんか? 『太陽としてのひろば』であり、同時に『外で働く』場であるような」

はぎさんの言葉に「たしかに、どちらも実現したいよね」と図面を見やる7人。そこからアイデアが出るわ出るわ、止まりません。

「キッチンカーを日替わりに、エブリパンは常設にしよう」と田中さんが提案すると、

「エブリパンではホットサンドを提供したいですね。そのキッチンカーもつくります?」
「ワンコインでホットサンドだけでなくコーヒーも飲めるようにしたい」
「近所の方にアルバイトに来てもらえるとうれしいですよね」

など、メニューから運用まで意見があふれ出ます。

また、ひとりが「店舗や空間全体をアートにできないですかね?」とつぶやくと、田中さんが「エブリパンをほったて小屋にするのもおもしろいんじゃない? 廃材を使ったり、トタン屋根にしたり」と提案。それを受けてまた、議論が盛り上がります。

「いいですね! 次の移転後にも使える可動式にするのもアリかも?」
「廃材を集めてつくって、命を吹き込むのも素敵だと思います」
「空間全体でいうと、車を入れたり小屋をたてるなら芝生はむずかしいですよね。屋外で使うアスファルトみたいな素材を探さないと」
「あえて入り口は狭くして、路地みたいにつくりこんだ雰囲気を出したらどうだろう」

「おやつも出したい」という広報いけっちの声に対し「カスタードのホットサンド、おいしそうじゃない? あんバターもいいな」と楽しそうな田中さん。リーダー穴澤からは「焼きまんじゅう(群馬県の郷土菓子)は?」。雑談も弾みます

もちろん、懸案事項も残っています。消防法との兼ね合いで、1階部分が「屋内」と認定された場合、むきだしの火が使えないこと。キッチンカーの動線確保や、そこの交差点からの距離。「法律で定められている植栽の割合を満たせるか」といった確認も必要で、解決すべき課題はたくさんありそうです。

でも、大きな前進にみんな饒舌。熱を帯びた空気のまま、「1階相談会」はおしまいの時間となりました。

部屋を出る直前、「9階の社員用サウナの詳細も詰めないとですね。……髙濱さん、あの件、どうなってます?」と田中さんが声をかけます。

髙濱「いま、田中さんがご紹介してくださったフィンランド大使館の方とお話をさせていただいているところです。大使が利用しているサウナにも入らせていただきました(笑)」

フィンランド大使館……? なんとも気になる動きですが、それはまた別の回で。

田中「ともかく、おもしろい提案でした! どんどんよくなってますね」

そしてプロジェクトメンバーに対し、いたずらっぽくひと言。

「ね? おもしろいでしょう、こういうのって。おもしろい仕事しないと!」

はい、ワクワクしちゃいますねと笑顔で返すメンバーたち。はればれとした表情が並びます。

ついに1〜9階すべてのプランが決まった、引っ越しプロジェクト。紆余曲折ありましたが、メンバー全員で頭をひねり、みんなが「これだ!」と思えるかたちに落ち着きました。

とはいえ、これはまだまだ第一歩。ここからさらに「現実」を詰めていく必要があります。構造、予算、スケジュール……。さて、このままスムーズに進むのでしょうか!? 奮闘ははじまったばかり、かもしれません。

〜次回へつづく〜