一般社団法人メノキは、全盲の彫刻家 三輪途道(みわみちよ)さんが代表を務める団体です。若くから彫刻家・仏師として活躍していた三輪さんは、30代後半に目の難病を罹患。全盲となった今でも創作活動を続けています。

そんな三輪さんと創業の地・群馬県で様々な取組みを行っているJINSの出合いは2021年のこと。芸術文化活動の支援・振興を担うアーツ前橋さんからのご紹介で知り合い、一緒に地域共生につながる取り組みができないかとの声があがったのです。

「見る」ことを企業活動の中心に据えアイウエア事業を営むJINSが、見えない世界にいる三輪さんとタッグを組む。これまでにない試みに、担当の地域共生事業部 秋本は少し戸惑ったといいます。けれど三輪さんの明るい人柄や、目指す世界を知っていくうちに、不安な気持ちは自然と解消されていったそう。

「視覚を持っている人が必ずしも見えているとは限らない。見えない・見えづらいとされている人たちのほうが逆に『見えている』ということがあるのではないか」。世の中のあたりまえに問いを投げかける三輪さんの言葉に、心を揺さぶられたと秋本は言います。

秋本「そもそも『見る』とはなんなのだろうと、考え込んでしまいました。晴眼者*と視覚障がいを持つ人、それぞれの見え方をお互いに共有できたら世界はもっと豊かになるはずという、三輪さんの考えにも強く共感して。その視点は、JINSのブランドビジョン『Magnify Life(人びとの人生を拡大し、豊かにする)』にもつながります。『いつもと世界がちがって見える』体験を多くの人に届けるために、メノキさんと一緒になにかやってみたいと思いました」

そうして誕生したのが、メノキとJINSによる「ミルミルつながるプロジェクト」です。視覚に障がいを持つ人と晴眼者が、五感を使ってコミュニケーションし、お互いの世界を拡げる活動をするために立ち上がりました。その活動の一環として『みんなとつながる上毛かるた』の制作がスタートしたのです。

*晴眼者……視覚に障がいのない人

2022年10月に(株)ヤマトさんで開催された「見えない人、見えにくい人、見える人、すべての人の、感じる彫刻展ー触る・聞く・嗅ぐ・話す・見るー」ここが出発点となった

たくさんの人とつながって誕生した『みんなとつながる上毛かるた』

そもそも『上毛かるた』とは、1947年に発行された群馬の郷土かるたのこと。子どもたちに群馬の文化や歴史を伝える目的でつくられました。「群馬県で育った人は、読み札をほぼ暗記している」と言われるほど、地元に定着しています。

そんな地元に愛される上毛かるたに敬意を表しつつ、新たなコミュニケーションツールを作る試行錯誤が始まりました。

作品の制作過程で、三輪さんがとくにこだわったのが、絵札のデザインです。手で触れた感覚で「これだ!」と連想できるように、三輪さんが上毛かるたを再解釈し、絵札をイチから制作しました。紙粘土と木板でつくられた原画をもとに、彫刻師の水口健さんが木に彫りつけ、最後は漆塗りで仕上げます。手のひらにおさまる絵札は上質で温かみのある質感。まさに人の五感を刺激するアート作品です。

群馬大学共同教育学部のみなさんに参加いただいたワークショップでは、遊び方や活用方法を検討。また三輪さんの作品から型を取り、水性樹脂を使ったプロトタイプとなるかるたの制作も行いました。上毛かるたを管轄する群馬県文化振興課の方々に相談に乗っていただいたり、『みんなとつながる上毛かるた』の名称に許諾をいただいたりと、たくさんの方々の協力を得てこのかるたは成長していったのです。(許諾第 05-030277 号)

ついにプレデビュー。さて、みなさんの反応は?

中之条ビエンナーレ開催まで1か月を切った8月11日。群馬県視覚障害者等支援ネットワーク主催によるイベント「まゆだまネットフェスタ」に、メノキとJINSは共同のブースを出展しました。来場者のみなさんから、試作中の『みんなとつながる上毛かるた』について、ざっくばらんな意見をいただくためです。

ブースには、三輪さんの作品である漆塗りのかるたや、水性樹脂の絵札、メノキ出版の著書が並びます。その横には、かるたを自由にさわって遊べる体験コーナーを設けました。

「興味を持ってもらえるかな」「かるたでどんなコミュニケーションが生まれるだろう」とドキドキしながら迎えた当日。まゆだまネットフェスタは昨年を超える賑わいをみせました。我々のブースにも客足が絶えません。

かるたにじっくり触れて鑑賞する人。お連れの方の「上毛かるた愛」に耳を傾けながら、群馬の文化を味わう人。見える人、見えない人、見えにくい人、老若男女さまざまな人が各々の方法でたのしんでいました。

体験コーナーも大盛況。いくつか用意した遊び方のなかでも、神経衰弱のようなゲームがとくに好評でした。視覚障がいを持つ人はもちろん、見える人はアイマスクをして、手の感覚だけを頼りに和気あいあいと遊びます。「このかたちは、きっと桜だね」「ん? この札、さっきあったぞ! どこだっけ……」。あちらこちらで自然とコミュニケーションが生まれていました。

参加者のなかには、「ぜひかるたを貸してほしいです」と声をあげてくださった方も。マッサージを生業とする、視覚に障がいのある男性です。勤め先の老人ホームでは、利用者の方々と気楽にコミュニケーションをとる方法がなく、寂しい思いをされていたのだそう。「この上毛かるたなら、みなさんと一緒に遊べるかも」と期待を寄せてくださいました。

さらなる磨きをかけて、いざ中之条ビエンナーレ!

まゆだまネットフェスタを通して、運営スタッフはなにを感じたのでしょう。終日運営に携わっていた、地域共生事業部の石井に話を聞きました。

石井「かるたをたのしんでもらえた手ごたえがありました。上毛かるた自体が、群馬の人に愛されているから興味を持ってもらいやすいし、会話のきっかけにもなります。野球や卓球みたいに特別な設備がいらないから、どこでもたのしめる。事前の練習も必要ない。誰にでもひらかれたコミュニケーションツールだなとあらためて感じました。

ただ現状は、視覚障がいを持つ人や、その家族・友人が手に取りやすい仕様になっています。『みんなとつながる』ため、晴眼者にとっても身近なツールにしていけたら、さらに良くなると思いました。たとえば、小・中学校の授業で活用できる教育コンテンツにしたり、研修に使えるようにしたり……。それには、遊び方の改善や、ルール解説のツール開発なども必要ですね。手ごたえだけじゃなく、これからの課題も見つかりました。実りのある一日だったと思います」

共生社会実現の一助として、『みんなとつながる上毛かるた』を大切に育てていきたい。そんな思いを新たにした「ミルミルつながるプロジェクト」の一同。まゆだまネットフェスタで得た気づきを胸に、かるたにさらなる磨きをかけていきます。

次回は、中之条ビエンナーレでのお披露目の様子をお届けする予定です。ブラッシュアップされた『みんなとつながる上毛かるた』は、来場者の目にどう映るのでしょう。どうぞおたのしみに!

中之条ビエンナーレ2023にて、『みんなとつながる上毛かるた』体験会を開催! 気軽にお立ち寄りください。

【中之条ビエンナーレ2023開催概要】
会場:群馬県中之条町 町内各所
期間:2023年9月9日(土)-10月9日(月・祝)の31日間 無休
パスポート:当日1500円 / 高校生以下 鑑賞無料
内容:温泉街や木造校舎など町内各所で多彩なアート作品の展示、演劇、パフォーマンス、マルシェなどを開催
特設Webサイト:https://nakanojo-biennale.com/

『みんなとつながる上毛かるた』体験会
会場:イサマムラ 伊参公民館 CONTON_meeting 展示会場(無料)
日時:2023年9月24日(日) 13:30-15:30