「許容できない」事件が起きた。
「このまま、進めることはできない。工事をストップさせよう」
と決断したのは、昨年末のこと。すでに開始していた工事の手を止めることになりました。
妥協せずフロアプランの検討をつづけてきた結果、大幅にコストが上振れ、引っ越しのスケジュールも到底間に合わなくなっていることが発覚したのです。PM(プロジェクトマネジメント)を外部の企業にお願いして管理をしていたはずが、いつの間にかこのような事態に陥っていました。
「これは、さすがに許容できませんよ」
というのが、CEOの田中さんの判断。
前だけを見て、必死に押し進めてきた引っ越しプロジェクトですが、ここで一時、暗礁に乗り上げてしまったのです。
さらに、前後してレイアウトにも大きな変更を加えることに。
もともとオフィス近くにスペースを借りる予定だった「研修室(主に店舗新入社員などが研修を行う場所)」について、「やはり社内に必要なのではないか」という議論になり、オフィスビル内にその大きなスペースを作ることを決断。その結果、倉庫の場所を移動させるなどの玉突きの調整が必要となり、1階のカフェ営業を取りやめる判断をする他ありませんでした。
「きれいな引っ越し」とはいかないけれど。
しかし、現在の飯田橋の退去期限は刻々と迫ってきます。メンバーたちも、ただ頭を抱え続けているわけにはいきませんでした。
体制をしっかりと整え直すことに奔走します。そして、予定通りに実現できること、できないことを改めて整理して、スケジュールも以下の現実的なものへと引き直しました。
決してきれいな移転とは言えません。当初描いていたものとは、まるで違っています。
けれど、アクシデントで立ち止まるわけにはいきませんし、移転は決定していることです。
無事にオフィス移転を完了させることはもちろんですが、本来実現したいことは他にあります。この引っ越しの目的は「ベンチャー魂」を取り戻すということ。そうすることで、JINSはよりクリエイティブな組織へと生まれ変わりたいのです。
そのための一歩となる「社員説明会」で社員の理解と共感を得るため、プロジェクトメンバーたちは歩みを止めるわけにはいきませんでした。
美しい音を奏でるオーケストラに必要なものは?
「今日は、林さんの率直なご意見をうかがい、社内のコミュニケーションのための知恵をお借りしたいと思ってるんです」
社外取締役の林千晶さんは、社員にも寄り添いながら「みなさんが奏者で、CEOの田中さんが指揮者なら、わたしはコンサートマスターだと思っています。みんなで一体になって美しい音楽を奏でたい」と話してくださるような方。最近プロジェクトリーダーになったごっちんはじめ、プロジェクトメンバーは、いくつかの迷いについて、相談してみることにしました。
まずは客観的に見れば、新オフィスは現オフィスと比較して「狭くなる、駅から遠くなる」ということ。ネガティブに伝わってしまわないか……ということがメンバーの心配事でした。
【林さんの答え】語るあなたたちが前向きに捉えること
林さん「今の飯田橋オフィスは、すべてが完成されていて自分たちが変えられる余地がないじゃない? たしかに新しい神田のオフィスは狭くなるかもしれない。だけど、実験の場としては理想的でとてもおもしろい。どんなこともポジティブに受け取ってほしいなら、ポジティブに転換した考えでいましょうよ」
そして新設されるサウナは、社員のリフレッシュやクリエイティブな発想を促すためのものですが、たとえばメイクや着替えの手間などを考えると「女性たちは入ってくれるだろうか?」という懸念もありました。
【林さんの答え】「女性に入ってもらえるサウナ」を考えることにこそ意味がある
林さん「サウナってコミュニケーションですからね。街の銭湯は男女同じように需要があるのに、会社のサウナは女性が入りたくないのだとすれば、田中さんはその常識を壊したいんじゃないかな? どうすれば、女性もこの企て(くわだて)に参加したくなるかを考えることこそが、今回の移転のキーかもしれませんよ。女性も入りたくなるような仕組みを考える、それこそがクリエイティブに繋がることなのかも。サウナができたら、わたしも月に1回入りにいきますよ。より良い方法を考えましょう!」
さらに、新しい環境に関して、社員たちの意見を聞かず、流れに乗せてしまうような格好にならないか、というのも当初からプロジェクトのメンバーが懸念していたことです。
【林さんの答え】未来に向けて、みんなで実験していきましょう
林さん「定期的にワークショップを開催して、みんなの意見を聞いていくのはどうでしょうか? その議論も公開して、参加できなかった人にも経緯がわかるようにするの。やっぱり『意見があるのに、聞いてもらえない』というのがいちばん悲しいじゃない? せっかく新オフィスは実験できる場なのだから。みんなの声をどんどん聞いて、やり方を変えながらいろんなことを試していく場所にしようよ」
林さんは鼓舞する言葉を重ねてくれます。
林さん「『え?』って顔をしかめてしまうことにこそ、未来がある。そこに新しい可能性があると思うんです。人口も減って、今まで良いと言われていたことが通用しない世の中になっていきます。そういう社会情勢のなかで、我々は事業をやっていかなきゃいけない。きっと今までやってきたことをそのままやるだけではダメなんだと思う。移転をきっかけに、JINSがいち早くチャレンジしましょう。そうすれば、『商品をどう売るか』の思考も変わるんじゃないかな。それって、すごくワクワクすることだよね。未来に向けてみんな実験していきましょう、それがこの移転における最大のメッセージですよ」
JINSが「一体」となって音を奏でるために、必要なこと——。
プロジェクトの進捗に苦心する日々の中で、忘れかけてしまっていたことがあったかもしれません。しかし、今は違います。
リーダーごっちん「ああ……ほんとうにそうですね。トラブル続きでなんだか不安ばかりが大きくなっていました。まずはプロジェクトを進めて、引っ張っていく立場であるわたしたちが前向きじゃなきゃダメですよね」
林さんの言葉の数々に背中を押され、メンバーたちにもう迷いはありませんでした。
未来に向けてみんなで実験しよう!
そして迎えた2月某日。
オンライン・オフラインの両方を駆使して「社員説明会」が開催されたのです。
CEO田中さん「今回、ぼくたちは『クリエイティブな働き方』を目指して移転をするんです。今のJINSは『充分にクリエイティブだ』とは言えないと思う。それを見直すための移転であり、これはわたしの意思表示でもあります。
ただ、場所が変わるだけで全員のマインドが変わる、とは思っていません。まずはみんなひとりひとり、これを機に意識をして自分を変えてほしいんです。ここで変わることができなければ、JINSに未来はないと思ってます。この移転に不安を抱えている人、面倒に感じる人もいるかもしれない。だけど、そのマインドがもう、JINSらしくないんです。ポジティブに捉えて、ぼくたちは変わっていきましょう!」
はっと息をのんでしまうような田中さんの真剣な表情、言葉たち。この移転に対する強い想いが伝わってきます。
田中さんのメッセージにつづいて、人事戦略本部チーフオフィサーの小林さんと、引っ越しプロジェクトメンバーからも「新オフィスで社員のみなさんに期待したいこと」の説明がありました。
キーワードはもちろん、「クリエイティブな働き方」です。
では、社員が「クリエイティブな働き方」を実行するにあたって、神田の新オフィスはどのように寄与するのか。
それについても、一つひとつ丁寧に解説が行われます。
まずは、たくさんの発見に溢れる神田という街の魅力について。そして、より対話しやすくなるテーブルや座席の配置が考えられていること、自分たちでアレンジできる余地のある建物であること、オフィスの概念を壊し仕事の幅が広がるような施設が用意されていること——。
時には「なるほど」といったように頷きながら、聞き入る社員たち。新たな環境への期待感も感じることができます。
そして改めて、新しい環境に身を移すにあたって社員に求める「3つのお願いごと」が発表されました。
「昨日と働き方を変えよう」
「仲間と創造する時間を大切にしよう」
「未来に向けて実験しよう」
スライドを真っ直ぐ見つめて、耳を傾ける社員たち。きっと、それぞれに何か胸に届くものがあるはずです。
最後に移転の今後のスケジュールについても共有。今後は、月1回のペースでワークショップを開催する予定であることもアナウンスされ、社員説明会は無事幕を閉じたのでした。
「未来に向けて実験しよう」と明確に伝えること、月一で社員の声を聞く機会を設けることなど、林さんからいただいたアドバイスも精一杯活かした説明会。
社員ひとりひとりにはどう映ったでしょうか。ワークショップの開催が、きっとその答えを得る一つ目の場となることと思います。
工事のストップ、コストの見直し、スケジュールの調整……と苦しい時期を過ごしたプロジェクトのメンバーたち。けれど、林さんからのアドバイス、そして社員説明会を経て、改めて気づいたことは「みんな、未来に向けての実験を共にする“仲間たち”である」ということです。
工夫し声を拾いながら、アクションを繰り返し、試してみる。それが新オフィスでの働き方の肝であり、目指しているクリエイティブな姿勢でもあります。
再び勢いを取り戻した引っ越しプロジェクト。止まらず、前進をつづけます!
〜つづく〜