三宅香帆  みなさま、こんにちは。三宅香帆と申します。年末年始だからこそ挑戦したい名作長編から、忙しいときにも読みたくなる短編集、近年のイチ推しまで、グッとくる作品を選びました。よろしくお願いいたします!

1冊目:蒼穹の昴

まず1冊目、清の時代の中国を舞台とした壮大な歴史小説『蒼穹の昴』です。若い光緒帝の治世下、政治の実権は西太后が握っており、紫禁城は両者の派閥の思惑が入り乱れていました。主人公の李春雲(春児)は貧しさから脱するため、宦官の道を選び宮廷に入り、出世していきます。時代の波に翻弄されながらも、懸命に西太后に仕える李春雲から目が離せません。

「自分次第で運命は変えることができる」というのが作品のテーマになっています。李春雲(春児)は貧しい家庭に生まれ家族との死別も経験しますが、生き抜くために宦官になって成り上がっていく。定められた運命から、大きく外れて成長していきます。野心もあるけれど、人としてのピュアさを失っていないところが魅力的です。

持って生まれた自分の能力や立場、環境は一旦置いておいて、自己ベストを尽くせば運命は変えられる。そんなふうに前向きになれる小説を1冊目に選びました。2010年には日中共同制作でドラマ化されていて、2022年にも舞台化されており、長く親しまれている名作です。

長期休暇を使って長編に挑戦したい方におすすめ。文庫本では全4巻と、決して短い作品ではないのですが、紫禁城での陰謀や裏切り、対立、離反などによって物語が目まぐるしく展開し、読み始めたら止まらない小説です。

2冊目:我が友、スミス

2作目は、短めの小説を。2022年に出たばかりの、石田夏穂さんの『我が友、スミス』です。

タイトルにある「スミス」とは、バーベルの左右にレールがついたトレーニング・マシンのこと。主人公は、筋トレにハマっている会社員の女性、U野。物語は、ジムで「ボディビルの大会に出ないか」と誘われたところから動き出します。当初「女性のボディビルの大会ってどんなものなんだろう?」というワクワク感と、筋トレの描写のおもしろさで読み進めていたんですが、どんどん話が深くなっていくんです。

ボディビルは他人に見られて評価されるもの。主人公は本当に他人に評価されたいのか、それとも自分の理想を追い求めたいのか、葛藤するんですよね。その末に、「やっぱり他人軸じゃなくて自分軸が大事だ」という結論に達して、とても爽快なラストを迎えます。

作家の石田夏穂さんは本作がデビュー作。筋トレの描写など、人間の感覚を描くのが非常に上手な方で、本作は芥川賞候補にもなりました。まだ単行本にはなってないほかの小説もおもしろくて、個人的にも激推しです! みなさんも『我が友、スミス』からはじめて、一緒に彼女の作品を追いかけましょう。

3冊目:泳ぐのに、安全でも適切でもありません

3作目、江國香織さんの短編集『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』 。タイトルからして、かっこいいです。

この本のテーマは「未来のためにいまを生きるのではなく、いまのこの瞬間のために生きたい」というもの。そういう女性たちを描いた小説が連なっています。いまを大事に生きてること、それが自分を大事にすることにつながって、結果として自分のベストを尽くすことにもつながるのではないでしょうか。

自分自身、この作品を読んで、ハッとしたんです。現代って、未来のために貯金しようとか、勉強しようとか、いろいろと先のことばかり考えがちな気がしませんか? そうではなく、いまこの瞬間に集中することもやっぱり大事だなあと。この作品を読むと、「いまの自分のために生きてもいいな」と思えて、肩の力が抜けます。短編集ですし、なかなか読書の時間がつくれない忙しい方の息抜きに、いかがでしょうか。

江國さんの小説はどれもかっこいい描写が多く、読んでると気分が上がります。他にもおすすめしたいものがたくさんありますが、まずは短編集から入ってもらえたら。

4冊目:走ることについて語るときに僕の語ること

『走ることについて語るときに僕の語ること』も自己ベストをつらぬく1冊です。
小説を書き続けていくための身体能力を整えることを目的に、ランニングに取り組む村上春樹さん。毎日欠かさず走り続け、毎年フルマラソンにも出場する日々を描くこのエッセイは、ストイックな仕事論・人生論でもあります。

村上春樹さんは多くの傑作を世に出している、言わずと知れた作家ですよね。そういう村上さんですら、専業の小説家になってから、煙草をやめてランニングをはじめ、朝の5時に起きて夜の10時前には寝るという規則的な生活を自らに課しています。仕事もランニングのように、他人と比較するのではなくて自己ベストを尽くし続けることが大事なんだと伝えてくれる一冊です。

早起きや断酒、ダイエットなど新年に「良い習慣」を取り入れたい人はぜひご一読を。

5冊目:ホテル・ニューハンプシャー

最後は『ホテル・ニューハンプシャー』です。有名な海外文学で、映画化もされています。
アメリカの大家族、ベリー一家の物語。

父親が長年の夢だったホテル開業を実現するところからはじまるお話なんですが、この一家をもう、めちゃくちゃな悲劇が襲います。長男はいじめられ、長女も乱暴され……などなど、死別を含む数々のアクシデントにも負けずに、なんとか人生を楽しく生きていこうとする一家の姿が描かれています。

小説のなかには、こんな有名なセリフがあります。「人生をあまり深刻なものにしないこつは、勤勉と偉大な芸術だ」。
物事を重く受け止め過ぎずにユーモアを持って暮らそうというメッセージが、小説の全体のテーマにもなっています。

年末年始には自分の1年を振り返って、ネガティブなことを思い出す方もいるかもしれません。そんな時期だからこそ、この本! 「いろいろあるけど、自分のベストを尽くして頑張っていこう」と軽快に肩をたたいてくれる作品です。今年はちょっと嫌なことがあったなあ、という方もぜひ。

起きていることはシリアスなんですが語り口にはユーモアが。わたしも、落ち込んだときに読み返して元気をもらっています。

長大な海外文学って、まとまった時間がないと読めないですよね。この『ホテル・ニューハンプシャー』の上下巻を「2023年の挑戦その1」として読破してみてほしいです。


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以上が、わたしが選んだ5冊です。
生き抜くこと、自分の肉体の鍛錬、恋愛、家族との暮らし……さまざまな視点で、自分軸の自己ベストをつらぬく作品をセレクトしました。この5冊を読んで、前向きで明るい1年のスタートを切っていただけたらうれしいです。

【プロフィール】
三宅香帆
1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程中途退学。 会社員生活を経て、現在は文筆家・書評家として活動中。 著書に『人生を狂わす名著50』『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』『(萌えすぎて)絶対忘れない! 妄想古文 (14歳の世渡り術)』等。