yurinasiaさんのダンスをはじめて観たのは2020年。シンガーソングライターの優里さんのミュージックビデオに出演していた。彼女はグリーンのコートを羽織り、ビル郡を飛ぶように踊っていた。ピーターパンだ、と思った。

その身体から発するエネルギーでもって、“夢を笑いとばす人たち”や“夢を諦めさせようとする人たち”を蹴散らしているように見えた。SNSで友人がシェアして流れてきた映像をちらと観ただけだったが、そのまま目が離せなくなった。

そのyurinasiaさんが、いま私たち取材班の目の前で踊っている。スタジオの大きな鏡の前に立ち、音楽をならし、リズムに合わせて歩く、歩く。

「歩く、歩く」これは、yurinasiaさんがダンスをはじめて最初に習った動きだという。鏡で全身の動きを観察しながら、一歩ずつ足を前に出す。ただ「歩く」と言ってもyurinasiaさんのそれは、やや前傾姿勢でリズムをとりながら、身体からニョキッと生えてくる足、呼応して波打つ背中、ときおり挟まれるように縦横無尽に羽ばたく腕……どれひとつとっても、常人には真似することのできない自由な動きだ。

固唾をのんで見守っていると、ふっと姿勢がニュートラルに変わる。

「コンビニとかスーパーに行くときも、気づいたらこんな歩き方になってることがあるんですよ」と、笑顔で振り向くyurinasiaさん。なんだかこちらもほっとして、拍手をおくる。

一流ダンサーであり、ダンスインストラクター、コレオグラファー、インフルエンサーでもあるyurinasiaさんは、これまでいったいどんな人生を歩んできたのだろうか。一歩一歩をひも解きたいと願いながら、まずはこの街でダンサーとして生きるようになったきっかけについて訊いてみる。

踊りはじめて3ヶ月で先生に

博多駅から電車で1時間、福岡県遠賀郡水巻町(おんがぐん・みずまきまち)で生まれ育ったyurinasiaさん。音楽好きな両親の影響を受け、幼少期から音楽やダンスに親しんできた。マイケル・ジャクソンのライブビデオを観ながら、妹と真似して踊るのが定番の遊びになっていたそうだ。

きっかけは15歳のとき。なんの気なしに観ていたテレビに、ダンススクールに通う子どもたちが映し出された。「ダンスって習えるんだ!」yurinasiaさんは、自分もやってみたいと母親に相談した。すると、家から歩いていける公民館でダンス教室が開かれていたのだとか。

こうして、毎週金曜日ストリートダンスのスクールに通うこととなった。素質があったのだろう。メキメキと頭角を現し、教室に入って3、4か月後にはなんとインストラクターとして教える側になっていた。あまりのスピード感に一瞬混乱を覚えるが、まだこのときyurinasiaさんは15歳。

「当時は、もともと妹と家の中だけで踊っていたのをほかの人たちとも共有できるだけでもうれしかったですね。金曜日が待ち遠しかったです」

公民館でダンスを教えてくれたのは、yurinasiaさんが「師匠」と呼ぶ親子ほどに年の離れた先生。そんな師匠がもっとも得意としていたのが、コンテンポラリーダンス。振り付けがなく、イメージして動きを創っていく踊りだ。

「合わせる音楽は、父がよく聴いていたストリートミュージックで。そういうこともダンスにすぐになじめた一因かもしれませんね」

冒頭の「音に合わせて歩く」というのも、師匠が教えてくれた。正解のない、自ら動きを生み出すコンテンポラリーダンス。現在、多くの生徒を抱えるyurinasiaさんがたいせつにしているダンスの主軸にもなっている。

ほしいものは全部ほしい

20歳になるころには師匠のもとから独立し、2013年に「jABBKLAB(ジャブクラブ)」を設立した。そこから間もなくして結婚、妊娠、出産。同じくダンサーで夫のayumuguguさんもスクールを支えた。

「ほしいものは全部ほしいって、当時から思っていました。30歳になるまでに子どもは2人ほしいって。授かっちゃえば、そこからがんばればいいだけやし、はじめから家族といっしょに成長していくっていうビジョンが見えていましたね。すごく楽しそうやなって」

これは、母親になることとダンサーとしてのキャリアを積むことを天秤にかけたことは?という問いに対するyurianasiaさんの答え。そうか、彼女は天秤を持っていないんだ。キャリアか家庭かなんて2択にしなくてよくて、まるっと自分の人生としてすべてを抱きかかえて歩んでいる

現在、8歳になる長女と6歳の長男は、jABBKLABの生徒やスタッフにも愛され、親と子の一本の関係だけではない環境のなかですくすくと育っているという。

「長女は他人のために必死になれる人。自分の納得感も大事にしてますね。長男は、なんですかね、犬っころみたい(笑)。周りにかわいがられてます。同じ環境にいるはずなのに、なんでこうも違うんだろうな」

2人の子どもたちが幼いころから、対話の時間をたいせつにしてきたというyurinasiaさん。

こういう話はまだわからないんじゃないかと決めつけず、ホントなんでもめっちゃ話します

yurinasiaさんとご家族

一人ひとりと向き合い、光を見つける

そんな対話は、jABBKLABの生徒たちとも同じように行われている。

「レッスンが終わったあとの30分、生徒たちと集まってしゃべりまくってます。学校のこととか、家庭環境の話、ダンス以外のことを聞くことが多いですね。『それでどう思ったん?』って聞いて、その子の気持ちを把握して、いっしょに考えて、落ち込んで……なんてこともありますけど。

とにかくまず聞く、っていうのを大事にしてます。一人で抱えていたことを誰かに聞いてもらうってだけでも、きっとマシになると思うから」

毎週かかさず通ってきて、楽しそうに踊っているなと思って見ていた子が、実は不登校で悩んでいたこともあった。学校に行けるようにアドバイスしたいと思う一方で、学校に行かない時間をどう過ごすかを提案したり、母親の立場からも気持ちを伝えるという。

答えは本人が出す。決めるのは自分自身。だけど答えを出すまでに、さまざまな考え方や意見があることを知ってもらうため、jABBKLABの仲間たちといっしょになって考える。

ダンスだけじゃなくて、ひとりの人間としても育てている感じです。15歳でクラスを受け持ったときから、こうやって生徒たちと話していっしょに考えるっていうのをやってきたんで。自分の子育てより前に、もう子育てしてた感覚なんですよね。だからかな、子どもを産むときも不安や恐怖心は全然なかったですね」

現在は、公民館だけでなく、福岡県内で複数のクラスを受け持っていて、生徒の数は200を超える。バックグラウンドが異なる生徒たち一人ひとりの個性を受け入れ、家族のように支え、向き合いつづけている。

「ダンスがうまい人を育てたい、というだけでjABBKLABをやっているわけじゃないんです。その子の人生に関わる以上、ひとりの人間としての成長に携わりたいし、ダンサーとしての魅力になるような、それぞれのキャラクターや個性、人間性を引き出していきたい。

そのためには、一人ひとりを理解して、その子のことを好きになることで、『個』がもっている光を見つけていかないとならないんです。その光を見いだして、引き立てるために、一人ひとりをちゃんと見つめて、向き合っていくのが私の使命だと思っています」

ダンス人口が増えて、jABBKLABに生徒が増えても、一人ひとりを「個」として見つめ、キャラクターを育て、光るものを見いだす。彼女のスタイルはブレない。

2018年からInstagramに、公民館で撮影したダンス動画を配信しているyurinasiaさん。動画制作は、jABBKLABを共同で主宰するayumuguguさんが担う。この動画配信をきっかけにさまざまなミュージシャンとのコラボレーションやアーティストの振り付けなど、活躍の幅を広げている。

この動画にyurinasiaさんとともに登場するのは、jABBKLABの新進気鋭のダンサーたち。映像を眺めていると、彼女ら彼らの踊りやスタイルが、一様でないことがよくわかる。一人ひとりが「らしさ」を発揮するために、yurinasiaさんが日々心血を注いでいることも、また。

私だけが有名になってもつまらない

毎週金曜日に福岡・水巻町の公民館でのレッスンをはじめて17年目、現在も地元をベースに活動をつづけている。

「水巻の公民館でダンスを始めて、そこから自分の人生が楽しくなりましたからね。子育てをする身になっても、親が近くにいるし、自分にとってもすごくいい環境だと思ってます。それに、ここ(水巻)でやっていることに意味があるって認めてくださる方もいる。なにより、次々にやってくる生徒たちを育てないとですからね」

「“みんなの母ちゃん”はたいへんですよ」と笑いながらも水巻から出るつもりはない、と言うyurinasiaさん。彼女の中には、「都会」か「地方」かという2軸構造もない。話を聞けば聞くほど、自分の中の思い込みや固定観念が音をたてて壊れていく……。

「仕事で東京にもよく行くんですけど、刺激的だし、話が合う人もたくさんいます。それこそ『仕事したい!もっと働きたい!』と思えるのは、東京での仕事があるからです。ダンサーやミュージシャン、アーティスト、制作スタッフといった出会う人たちのプロ意識がすごい。こういう考え方をこっちに持って帰ってきたい! と思っているところもありますね」

ミュージックビデオやCMの撮影現場では、水巻で多くの生徒を導いている先生の姿から一転。子どものように好奇心を爆発させて、現場のベテランスタッフに気になったことを片っ端から聞きながらさまざまな気づきを吸収しているのだという。

「キャラ変しますね(笑)。まるで子どもみたいに、『これなんですか? 教えてください!』って聞きまくります。そこで教わったことを生徒たちにも渡したいから。わたしだけが有名になってもつまらないし、jABBKLABダンサーの魅力をもっと出したいなと思っています」

実際、2021年には愛弟子のチームが日本最大級のダンスコンテスト「JAPAN DANCE DELIGHT」の中高生部門で1位を獲得するなど、最近jABBKLABのダンサーの活躍の場が増えているという。「いいお酒が飲めるんですよね」とうれしそうな顔をみせてくれた。

「そうやって教え子が活躍するようになったときのためにも、まずは人としての礼儀や挨拶、ボキャブラリーを高めようって話をしています。プロ意識って? かっこいいダンサーって? って自分で考えて行動できる人になってほしいですね」

彼女がやっているのは、まさに人を育てること。でも決して講師として上に立って何かを伝えることはない。あくまで仲間として、ひとりの人間として向き合い、人としてどうありたいかを対話を通じて探していく

2023年の全国ツアーは、東京・大阪・福岡の3箇所で開催される

毎年行うようになったjABBKLABの全国ツアーで、yurinasiaさんと生徒たちが肩を並べてパフォーマンスを行う光景は、まさに生徒たちと対等に向き合う彼女の姿勢を体現している。

何も手放さない、彼女の踊り

さいごに、振り付けもフリーなダンスもそうだが、楽曲を聴いて身体を動かすまで、yurinasiaさんの中でどんなことが起こっているのか聞いてみた。

楽曲を聴いていると、『なんだろう?』とか『この音が気になる』っていう、心が動く瞬間があるんです。それをとっかかりにして動きを決めることもあるし、アタマのなかで勝手にミュージックビデオをつくってしまうときもある。聴いた音に色を見ることもあります。

はじめて聴く曲でも、同時進行で動き出すこともあれば、1回聴いてからイメージを整理することも。振り付けの場合は歌詞の意味を取り入れることも必要ですからね……実際やってみますか?」

ここで再び、スタジオの鏡の前へ。慣れた手付きでスマホを触るとすぐに大きなスピーカーから音楽が流れはじめる。すると途端に、それまで気さくな笑顔で話していたyurinasiaさんの表情と部屋の空気が一変した。最初は身体を入れる音の隙間を探るようにゆっくりと、曲の盛り上がりとともに肢体が大きくうねりはじめる……。

そこには、yurinasiaさんの「個」が浮き彫りになっていた。全身を使って音と一体になる。心と身体と脳が全部同時に動いているのだ。音楽を、仲間を、自分を信じている。そのすべてを愛し、尊敬する気持ちが伝わってくる。

見ているこちらもビリビリする。

縮こまっていた心、下を向きがちな身体、思い込みや不安ばかりを示す脳がビリビリと反応している。対話を、学びを、そして人間を諦めない姿勢に、心がつかまれる。「ほしいものは全部ほしい」彼女は何かを選んで何かを諦めることを決してしなかった。今このときも、すべての出会いや選択を抱え込んで踊っている。

彼女をはじめて見たとき、動画の中で一心不乱に動く姿を観て目が離せなくなった理由を、いま目の前で教えてもらった気がした。


【プロフィール】
yurinasia(ゆりなじあ)
福岡県出⾝在住のダンサー・ダンスインストラクター・コレオグラファー。⼆児の⺟。JAPAN DANCE DELIGHT vol.23 FINALISTや、「SPACE SHOWER MUSIC AWARDS 2022」にて“BEST CREATIVE PERSON”など、数々の受賞歴を持つ。2019年頃より毎週⾦曜SNSに投稿されるダンス動画で国内外から注⽬を集めたことをきっかけに、TV ・MV・⼤⼿企業CMの出演や振り付け、全国各地でのワークショップやイベント出演など精⼒的に活動を行っている。夫でブレイクダンサーのayumuguguと共に、dance spot jABBKLAB(ジャブクラブ)を主宰。2022年には株式会社jABBKLABを設⽴し、同年初の単独公演「jABBKLAB TOUR 2022~⾦⿂公演~」を行った。2023年には世界最⼤規模のストリートダンスイベント「DANCEALIVE 2023 FINAL」へのゲスト出演を果たす。

Insragram:https://www.instagram.com/yurinasia/
「jABBKLAB TOUR 2023~⾦⿂公演~」:https://www.yurinasia.com/news/1221/