「それではこれから『相手に伝わるプレゼン資料作成の極意』をお話ししていきたいと思います——

そう言ってトヨマネさんは、スライドを映したモニターの前で流れるように話を始めた。

語り口こそふだんのSNSでの発信のようにポップだが、セミナーでも話しているというその内容からは、トヨマネさんのパワポへのこだわりや想いがひしひしと伝わってくる。

「そうか、グラフに色を使いすぎなのか」「文字と写真ばかりで、伝えたいことを伝えるために必要な情報が入っていなかったんだ」と、良い資料と伝わりづらい資料の比較を交えたトヨマネさんの説明から、これまで自分がつくった資料の改善点も明確に見えてくる。

「ちなみに、良いパワポのつくり方のメソッドは日々のコミュニケーションにも、会社の経営にも活きてくると思っています。万物はパワポなんですよ(笑)」

モニターの前で、グッと目力を強くしてそう語るトヨマネさん。これまでビジネス用の資料だけでなく、日常のあるあるネタや誰もが知っている昔話、はたまたはやりのポップスなど、ありとあらゆるものをパワポで表現してきた。そんな彼が思う「良い資料」とは、いったいどのようなものなのだろうか。

資料とは課題を解決した「未来」を示すもの

Microsoft社が提供しているプレゼンテーションソフトウエア「PowerPoint」。通称パワポ。ビジネスのあらゆるシーンで活躍するだけでなく、教育現場や研究成果の発表などにも使われている。

トヨマネさんはパワポについて、デザイナーではないビジネスパーソンも、実務で手軽に伝えたいことをデザインすることができる「民主的なツール」としてとらえているという。

「デザイン」と聞くと、美的な造形や意匠をつくり出すことにフォーカスを当ててしまいがちだが、トヨマネさんがパワポの強みとしてとらえているのは「情報のデザイン」だ。

「パワポをつくるうえでもっとも大事なのは目的を明確にすることです。というのも、聞き手側の問題解決のためにつくる資料には、必ず『問い』があり、それに答える内容である必要があります。そのためにはまず『誰を、どういう状態に』したくて資料をつくるのかをハッキリさせるんです。

目的を明確にしていないと問いも答えも設計できていない、無意味な資料になってしまうんですよね。まずはクライアントに寄り添い、聞き手の視点に立つことをいちばんたいせつにしています。ちなみに、そうやって目的を整理していくと、そもそもその資料をパワポでつくる必要がないことがわかるケースもあります」

それを聞いて、ドキッとする。先日トヨマネさんのTwitter(現X)で見た「『提案』が求められる場面で、『自己紹介』をしている人が多い話」にあるように、目的を見失ってひたすら自分の売りを紹介するだけの資料をよく見かけるからだ。正直、自分でもこんな自己紹介資料をつくってしまったことがある気がしてならない。

この桃太郎を題材にした例でいえば、もし聞き手側である犬、猿、キジに「おなかを空かせている」という課題があるのなら、彼らの「なぜ私が鬼退治を手伝うメリットがあるのか?」という問いに答え、課題を解決した未来を示す資料こそ、「提案」として機能するということだ。

それならばたしかに、おばあさんが1日100個きびだんごを製造できるという話は自己紹介であり問いの答えにならないし、問題を解決したハッピーな未来を想像するのに必要のない情報だ。「そんなこと伝えられてもなあ」と、お供の動物たちの気持ちを想像してフフッと笑ってしまう。

くだらないけどためになる。そんな資料をつくるために、トヨマネさんは「funとinteresting、両方の“おもしろさ”を感じられることをたいせつにしています」と語る。

そのこだわりは、さかのぼれば幼少期のころから始まっていた。

人生を通じて築き上げた「くだらないけどためになる」

「物心がつくころから言葉が好きだったんです。本や新聞はもちろん、牛乳パックの原材料名など、暇さえあれば身近にある文字を読んでいました。言葉遊びも好きで、回文やダジャレ、架空の豆知識なんかを母親に披露しては、褒めてもらうことを繰り返していましたね。そこから、言葉をいじくることも好きになっていった気がしています」

中学生になってからは、「デイリーポータルZ」や「オモコロ」に掲載されている記事を愛読するようになった。熱量があるけれど、ゆるさもあり、読んで役に立つわけではないけれど、こんな角度から物事を見つめるのもアリだと思わせてくれる。くだらないはずなのにどこか知的で、熱量の高さになぜか感動してしまう。そんな独特な世界に、長年浸かり続けてきた。

「デイリーポータルZでいちばん好きなのは段ボールでダボちゃんっていう人形をつくった2012年の記事。オモコロだと、『宇宙の歴史を1年であらわすと』という上田啓太さんの2009年の記事が伝説的におもしろいんです。お笑いも昔からラーメンズやバカリズムが好きでしたね。こういうコンテンツって、内容はすごくくだらないのに、その端々から教養や知性も感じるんです。知的な大人が真面目にふざけて、真顔でボケる笑いが大好きなんでしょうね」

さらに高校生になると、自分の好きな笑いを自分自身で表現するようになる。家族や身近な友人に対してだけではなく、全校生徒、そして全世界に向けて。

「そもそも目立ちたがり屋なんです。人前に出て、友だちを笑わせられたらうれしいと思うタイプなので。通っていた高校の文化祭では、3年生はクラス演劇を上演するのが恒例だったので、その校内向けの宣伝のために、顔が濃い僕を主役にした『トヨマネ・ロマエ』という映像企画をやりました。そこで、僕が古代ローマの浴場設計技師役で出演して、クラス演劇の演者と恋に落ちて失踪するという、謎ストーリーのパロディ映像を制作して上映したら、すごくウケたんです」

トヨマネさんが高校の文化祭で演じた「トヨマネ・ロマエ」のワンシーン

人を笑わせたいという情熱は、Twitterにも注がれた。

「ここでは、日常をただつぶやくだけじゃなく、いかに友達をクスッと笑わせられるかを重視していましたね。いいねやリツイートをしてもらうために、どうすればいいかということばかり考えていましたから(笑)」

こうして、「fun」と「interesting」の探求はライフワークとなっていった。そして大学生になると、トヨマネさんの人生を切り拓く、最適なツールが現れた。

それこそが、パワポである。

「Twitterを続けていくうちに、『おもしろいことをやるならテキストでは限界があるな』と行き詰まりを感じるようになって。そこで使えるかもしれないと思ったのが、大学で学んでいた都市工学の授業で使ったパワポでした。Twitterの投稿目的でパワポを使い始めたのは、大学卒業後、大手飲料メーカーで通販事業のCRM・広告などを担当するようになって2年目のころだったと思います。

最初はフォロワーを笑わせたい一心で牛丼屋のメニューをパワポでおしゃれカフェふうにデザインしたり、般若心経をカラオケの画面ふうにしたりと、しょうもない画像を次々つくっていきました。コロナ禍に入ってからは、ますますパワポが加速しましたね」

そういえば、ステイホームという言葉がはやった時、『ちゃんとステイホームができている漢字ランキング』がバズり、ニュースサイトに転載されているのを見たことがある。あの画像も、トヨマネさんがパワポでつくったものだ。おふざけのネタ画像をつくりたい。そんなおもしろく伝えることへのこだわりが根底にあったからこそ、パワポ職人でもパワポクリエイターでもない、「パワポ芸人」としてのトヨマネさんが確立されていったのだ。

わかりやすさ・おもしろさのコツは抽象化にあり

そんなトヨマネさんは、2021年、2022年と続けてにこれまで蓄えたパワポのノウハウを詰め込んだ『秒で伝わるパワポ術』(KADOKAWA 2021)『​秒で使えるパワポ術』(KADOKAWA 2022)を上梓し、パワポ芸人としての認知度を高めていった。その後は会社からも独立し、デザインコンサルティング企業「シリョサク株式会社」を立ち上げた。現在はパワポ芸人の域を越え、「パワポ社長」として多くの企業を対象に資料作成のサポートやセミナーの開講といった活動を行っている。

「趣味として、全力でウケを狙ったパワポ制作を続けていくうちに、自然とビジネスの場においても汎用性の高いスキルが身についていったんです」と語るトヨマネさん。実際のところ、パワポ社長としては仕事としてやっているので、おもしろい要素を入れる機会はあまり多くないそうだが、「fun」と「interesting」両方のおもしろさを兼ね備えた資料をつくるときは、どのように題材を見つけているのか。

「おもしろい要素を入れるのは、目的達成のために意味がある時こそ有効に働くと思っています。Twitterのネタ投稿はもちろん、研修用に使うスライドやパワーポイントの動画教材などは、そうした方が内容が伝わると判断した場合にはユーモアの要素をふんだんに盛り込んでいます。そのためにも、日ごろからメモにネタを書きとめるようにしていますね」

そこから内容を組み立てていくうえで、たいせつにしているのが「抽象化」だという。

「たとえば、僕の代表作である“桃太郎をビジネスふうにアレンジしたパワポ”をつくったときは、まず物語の要素を書き出すところから始めました。桃太郎のストーリーで言えば……

・村があり、そこには老夫婦と桃太郎と動物たちがいる
・鬼ヶ島には鬼たちがいる・そのふたつの陣営の間で金銀財宝のやりとりがある
・金銀財宝が鬼側に持って行かれてしまった
・そこで桃太郎が鬼陣営に行き、金銀財宝を取り返そうとしている

という4つの要素が重要ですよね。この抽象化した物語から、仲間になってくれる動物側の目線に立ち、鬼ヶ島へ同行するときび団子がもらえるという部分を『移動するビジネス』というふうに発想を転換し、一段階抽象化したんです。そこから類推して『仕事がもらえるアプリの提案』というたてつけにしました」

実際にトヨマネさんが登壇するセミナーでは、桃太郎パワポをどうつくったかという流れを12ステップに分解し、目的の洗い出しからパワポに落とし込むまでの方法を教えている。しかし、抽象化するというのはどういうことなのか。もう少し説明が必要だ。

「抽象化は僕の得意分野だと思っていて。文字やグラフなど、具体的な情報をただ載せていくだけでは、目的があっても、結局なんなのかわからない資料になってしまう。けれど、伝えるべきことを抽象的にとらえ直して、『要するに何が言いたいのか』をシンプルに整理していくと、自然と情報がロジックツリーのような階層構造を持って分解されていくんです」

その言葉に、以前見かけた「【官僚パワポ】みんなが苦手な、みちみちパワポ『ポンチ絵』を読み解いてみた!!」という動画でトヨマネさんが「最初に内容の全体感と包含関係を明らかにしよう」とフィードバックしていたことを思い出す。

抽象化するのに大事なことをひとことで言えば、伝えるべきことが全体の中でどのようなポジションにあるのか、すこし引いた目線に立って見直すということだ。しかし抽象化する力は、一朝一夕で備わるものではない。そこでやるべきことが、具体と抽象の間を行き来する練習なのだという。

「たとえば、あそこの窓の外に大きな木が見えますよね——

「僕は植物が好きなんですが、木の名前を知ることで、あの木を見たときに『街路樹があるな』ではなく、『しだれ桜があるから、春になって花が咲いたらきれいだろうな』と解像度の高い視点から視覚情報以上のものを具体的に想像することができます。

細谷功さんの『具体と抽象』(dZERO 2014)という本によると、そうやって具体の裾野を広げることで、より高度な抽象化ができるようになる。この本では、われわれ人間がそういった叡智を広げる営みの中で科学技術を発展させてきたと伝えています。この本はトレーニングの一助となるので、ぜひ読んでみてほしいですね」

ほかにもシリョサクでは、メンバーとともに文章をなるべく早く図解に起こすという、フラッシュ図解トレーニングを行っているそうだ。

「かっこいいことは重要じゃないんです。情報がまとまっていたとしても、知りたいことが載っていないと意味がない。適切な論点をとらえ、それを軸に抽象化して図に起こすことで、頭の中が整理される瞬間がいちばんエキサイティングだと思っています」

そう言ってニカっと笑うトヨマネさんは、まるでスポーツ部の熱血コーチのようだ。ついていくにはたいへんそうだが、ついていった先には新しい自分に出会えそうな気がする。

「目的」はいつだって、目の前の人を笑わせること

今は一企業の社長として、いかに組織をうまく先導できるかに全力を尽くしているトヨマネさん。会社を立ち上げて1年ほどたつが、精力的に活動しながらも、失敗の経験も多かったという。またパワポ芸人とパワポ社長の両立がなかなかできていないことに葛藤もあるそうだ。今後、どのようにしてそのバランスをとっていくのだろうか。

「パワポ芸人として、おもしろいネタをつくっていきたいという気持ちはありつつも、今はインフルエンサーではなく、経営者として一人前になることに集中する必要があると思っています。といっても、たとえシリョサクでどれだけ真面目にやっていっても、何かをおもしろおかしく表現しようとするというのは僕の性として変わらないと思うんですけどね(笑)。個人としてはおもしろおかしく表現することは決して忘れずに、しばらくはパワポが僕に教えてくれたことを胸にパワポ社長の一面を伸ばすことに力を注いでいきたいですね」

これから先、パワポ社長として飛躍するトヨマネさんの姿を見るのが楽しみになってくる。それにしても、トヨマネさんが言う「パワポが教えてくれたこと」とはいったいどのようなことだろうか。情報を整理する方法? それとも抽象化の方法?

「最初にすこしふざけながら『万物はパワポである』なんて言いましたが、これは本当に思っていることなんです。会社を立ち上げた当初、自分たちがやっている事業の魅力を世の中に伝えるために、YouTubeを始めたりさまざまな広報活動にがむしゃらに手を出してみたのですが、なかなか思うように行かなくて。そこで僕の原点であるパワポの発想に立ち返ったときに、ふと会社経営にも『明確な目的』と『問い』が必要なんだと気づきました。

シリョサクの根底にあるビジョンは『世の中に問いを持つ人を増やす』こと。だとすれば、従業員数が多いもっと大きな企業にリーチできるようなアプローチも必要だとそこではじめてわかったんです。

会社の経営だけでなく、日々の小さな仕事や趣味、誰かに何かを伝えるときには、『誰を、どうしたいのか』『その先にいる人は何を求めているのか』ということを考えながら向き合えば、そのクオリティや伝わり方もぜんぜん変わってくると思います」

「万物はパワポである」そんな古代ギリシャの哲学者のようなセリフを、はじめは冗談半分に聞いていたが、まさかそんな意味が込められていたとは。

最後にふと気になったことがあり、質問を投げかけた。

パワポがなかったら、トヨマネさんはどんなことをしていたと思いますか?

「会社員をしているかもしれないし、大好きなボードゲームをつくるクリエイターになっているかもしれないですね。でも、どんなことをしていても、相手の視点に立っておもしろさを提供するサービス精神は、僕の根底にあり続けると思います。パワポだってもともとは作品を見てくれる人を、ただ笑わせたくて始めたことですから」

明確な目的と問いを立て、本当に伝えたい情報を抽象化し、組み立てる。トヨマネさんに教えてもらった、伝えたいことを伝えるためのヒントは今日からでも使いたくなるようなものばかりだった。その中でもいちばんたいせつなのは、きっと相手の視点に立って、どうしたらその人が喜んでくれるか、おもしろがってくれるかを考えることなのかもしれない。

「人を笑わせたい」幼少期から抱きつづけるトヨマネさんの人生の目的に帰結する話は、まるでよくできた資料のように腑に落ちた。

【プロフィール】
豊間根 青地(とよまね せいち)
1994年東京都生まれ。東京大学工学部卒。サントリーで通販事業のCRM・広告などを担当するかたわらで、「くだらないけど、ためになる」をモットーに、PowerPointのスライド作成に役立つノウハウやあまり役立たないネタ画像等を各種SNSで発信。その投稿が人気を呼び、「パワポ芸人」としてTwitterで12万人以上のフォロワーを集める。2022年には「ビジネス資料」に特化したデザインコンサルティング企業「シリョサク株式会社」を立ち上げた。著書に、『秒で伝わるパワポ術』(KADOKAWA 2021)『​秒で使えるパワポ術』(KADOKAWA 2022)。
Twitter:https://twitter.com/toyomane