東京都文京区、根津駅。私たち取材班はいま、今回の主人公・村田あやこさんを待っている。
「路上園芸学会」という名前から、少しばかりかたいイメージをもっていた。知らない植物の名前や専門用語が飛び出てきてもついていけるように、カメラマンや編集者と目につく植物について順番にコメントしあう。
ふと視線を道路脇にうつすと、クルマが行き交う不忍通りの歩道に鉢植えがいくつか並んでいる。向こう側のガードレールのそばには、ひょろりと生えたヤシのような木。これ、誰が置いて、誰が管理しているんだろう? ……もしかして、これが路上園芸?
そうこうしていると、「おはようございますー!」と気さくなあいさつとともに村田さんがやってきた。グリーンを基調にコーディネートされた服装、サボテンをかたどったイヤリングが目を惹く。
「イヤリング、かわいいですね」
「あ、これですか? 静岡にある『アオイネオン』という会社のネオン管職人さんが作ってくれたんです。かわいいですよね!」
打ち解けた返答のおかげで、「路上園芸学会」に対する緊張もすぐにほぐれる。「『学会』といっても、ひとりで自称してるだけなんですよ」と笑う村田さん。なんだ、全然かたくない。
今日は、いっしょに根津の街を歩いて「路上園芸鑑賞」を体験することになっている。ユニークな活動のはじまりや遊び心にあふれた名付けのセンスなど、村田さんのように日常を楽しむ秘訣を実際に見て学ぶとしよう。
「路上園芸」どこからどこまで? 5つの鑑賞ポイント
「それじゃあ、行きましょうか」
そう言って軽やかに歩きだした、村田さんにつづく一行。……しかし、3歩行ったところで足が止まる。村田さんを見ると、今しがたわたしたちが眺めていた不忍通りに並ぶ鉢植えをしゃがみ込んで観察している。
「さっそくありますね、誰が植えたかわからない植木。根津は、道端にこんな自由な園芸がいっぱいあるので、勝手に『路上園芸の聖地』と呼んでいます(笑)。これなんて、根っこが鉢を割って飛び出してきていて、生命力も感じていいですよね」
福岡県の自然豊かな場所で育った村田さん。東京にはコンクリートジャングルのイメージがあったが、住んでみると街の中には意外と緑が多いことに気がついたという。
「こうやって、誰かが育てた緑や、勝手に育ってしまった緑が、街の一角を彩っている。東京はこういうことが許容される街なんだって気づいたら、どんどんおもしろくなって——」
そんな昔の話も交えながら、一行は駅前をあとにして根津銀座通りへ進む。
路地に入ると、まさに路上園芸の聖地たる道に出た。細い路地には、居酒屋や美容室などのお店が並び、それぞれの敷地の前に思い思いに鉢植えが置かれている。というか、はみ出している。どこまでが店の敷地でどこからが道? 境界線があいまいになる……。
あまりの路上園芸の多さにキョロキョロと目移りしてしまうので、ここからは村田さんの目線をお借りして、路上園芸鑑賞の5つのポイントをおさえながら進んでいこう。
ポイント① 草木を導くリボンのやさしさ
「道にはみ出して成長し、通行人の邪魔になりそうな丈の長い樹木は、家主がひもでしばっているんですよ」
すでに道にはみ出している植物たちだが、通行人には気を配っているようだ。白いビニールひもで家の窓枠からくくりつけられていたり、松の雪吊のごとく麻で樹皮をカバーしたりするものもあった。
「見てください! この植物なんかは金色のリボンで縛ってありますよ。おしゃれしてるみたいでかわいいですよね」
なるほど。通行人への気遣いだけではなく、「見る人が少しでも楽しめるように」という優しさも込められているのだろうか。なんとも路上園芸家の矜持を感じる光景だ。
ポイント② “転職鉢”のエースをさがせ!
「別の用途に用いられた器が、園芸用となって働くことを、私は“転職鉢”と呼んでいます」
そういって村田さんが指さす先をよく見ると、火鉢が植木鉢の代わりに使われていた。さらに歩くと、発泡スチロールから生えた小さな木を発見! これぞ転職鉢という堂々とした佇まいだ。
「おお、よく見つけましたね。発泡スチロールは転職鉢界のエースなんですよ。保温保水性に優れ、穴を開けたりと加工がしやすい。ただそれは、植物にとっても同じことが言えます」
「植物にとっても同じ」とはどういうことだろうか。その答えは村田さんが次に案内してくれた場所にあった。
ポイント③ 突き抜けた大木のストーリー
「この道のシンボルツリーとなっているムクゲは、もとは発泡スチロール鉢で成長したものではありますが、いつの間にか鉢からはみ出てしまったみたいなんです」
たしかに、底の浅い発泡スチロールで育ったとは思えないほどの大木に育っている。根のあたりをよく見ると、ほんとうに発泡スチロールを突きやぶって、地面に根を広げていた。
村田さんが近所の人に聞いた話によると、もともとこのお近くに住んでいた方が、生前に「自分は長くないので、これを託していきます」と言って、残していったムクゲだという。持ち主の植物に対する愛情と、植物のしぶとい生命力。人間と植物、両方の側に立って話を聞くと、いろんなストーリーが重なって見えてくる。
ポイント④ 植物壁画は二度おいしい
「ツタが壁面を這うことで描かれた模様を“植物壁画”と呼んでいます」
建物の外壁や塀を覆うつる性植物。建物の表面温度を下げるための壁面緑化ということばは聞いたことがあるが、路上園芸鑑賞家の村田さんはこの現象を、アートとして観る。
季節や日当たりといった様々な条件が、“壁画”のデザインを左右するそうだ。
インパクト抜群の壁画を見つけたときのうれしさはもちろんだが、その後も成長を楽しむアートとして鑑賞したり、何か別のものに見立ててみたり。一度見かけるだけで二度三度と楽しめるのも、植物壁画の魅力だ。
ポイント⑤ “多肉御殿”主人の技の見せどころ
「郵便受けの上にかわいい多肉植物が並ぶ“多肉御殿”。店の前に“絨毯”のように生える、つる性のヒメツルソバ。ブロック塀や石をつかって狭い空間を活かす“ひな壇の達人”。路上園芸のオーナーたちは競い合うかのように園芸の華麗なる技を、植物たちは枠におさまらない驚くほどの生命力を披露してくれます」
根津の街を歩いて気づいたことだが、雑草も植木も同じ種類の植物を何度も見かける、ということがほとんどない。野生化したものも含め、実にさまざまな種類の植物が共生しているのだ。
「これは路上園芸?」「ちがうでしょ、店の敷地内にあるんだから」なんて口を挟む私たちに、路上園芸は散歩している側からも楽しめる「開かれた園芸」なのだと村田さんは言う。
「そこに住む人が楽しむだけでなく、道ゆく人にも楽しんでもらいたいという心遣いを感じるんですよね。景観のおすそ分けとでもいうんでしょうか。アスファルトのほんのちょっとの隙間に出てきた植物でも、紐でくくって成長する方向を導く人がいる。わたしには、野良猫を保護するみたいに見えるんです。そういうシーンを見て、ここに暮らす人たちの植物に対する愛情だとか、暮らし方を想像して、キュンとしています」
先ほどのリボンで結ばれていた植物もきっとそういうことなのだろう。村田さんが「路上園芸」と名付ける前から、根津に住む人たちは道端の植物を愛でる楽しみを知っていたのかもしれない。
「ほったらかしにされても」だれかの都合に負けないしなやかさ
紹介した以外にも、村田さんは角を曲がるたび路上園芸のおもしろさを伝えてくれたが、あとはめいめいに自分なりの目線で。ポイントを見つけるのも路上園芸の嗜みですから。実際村田さんも、これは? あっちは? とはしゃぐわたしたちに反応して、新しい視点を増やしていってるようにも見えた。
ここからは、そんな彼女の日常をおもしろがる視点の秘密にせまるべく、村田さん顔なじみのカフェ「ねづくりや」に場所を移し、あらためてじっくりお話を伺うことに。「今日はいいの見つかりました?」とニコニコ笑う店主さんを見るに、村田さんの根津での路上園芸鑑賞は街の人にとっておなじみの光景なのだろう。
でもどうして根津は、村田さんが「聖地」と言うほど路上園芸にあふれるようになったのだろうか?
「昔から建物が密集するエリアなので、庭となるスペースが多くとれない。だから路地の一角が庭のようになってきたのだと思います。またこの周辺には根津神社の『つつじまつり』や白山神社の『あじさいまつり』といった、古くから季節ごとに花を愛でる習慣がある。近くには、谷中霊園や上野公園という緑豊かな場所もありますし。東京の下町の文化として、植物がコミュニケーションの媒介になっているんじゃないかと。
……なんて、いかにもなことを言ってますが、私が根津に路上園芸を鑑賞しにきたのは、もともと『根津の路上は植物だらけらしい』という噂を聞いてやってきたのが最初なんです(笑)。来てみたらほんとうにすごくって、以来10年以上通っています」
あれ、ということは根津にお住まいじゃないんですね?
「はい。神奈川県の逗子に住んでいます」
あまりに街になじんだ雰囲気から、てっきりこのあたりに住まれているのかと思っていたが聞けば村田さん、なんと毎回電車で2時間ほどかけて、わざわざ路上園芸のために根津をはじめとする下町に足を運んでいるのだという。
何がそこまで村田さんを路上園芸に駆り立てているのだろうか。驚きついでに、村田さんのこれまでを尋ねてみた。まずは植物に興味を持ち、路上園芸学会をつくったいきさつから。
「出身が福岡で、実家の裏に山があるようなところで生まれ育ちました。毎日山に入って遊んでいるような子どもでしたね。高校卒業後は北海道の大学に進学し、地理学を専攻。机にかじりついて勉強というよりも、フィールドワークで歩いて調査したものをアウトプットするというのが向いていました」
最初の就職は、メーカーの営業。しかしこれまでの興味の対象や学んできたこととはまったく違う領域の仕事だったので、もっと自分の視点をベースに、地べたから物事を考えてみたいと思い、退職。半ば原点回帰のように草花や木々に目が留まるようになり、「植物」を仕事に生きていきたいと考えるようになる。ただ、すぐに路上園芸にたどり着いたというわけではないようで……。
「まずは職業訓練校でグリーンコーディネーターの資格を取りました。商業施設内の植栽を手入れするアルバイトをしたこともあったのですが、装飾のための植物ははじめから計画・デザインされたもの。もうすこししっくりくる植物との付き合い方法がないか、モヤモヤする日々でした」
そんなとき、当時住んでいた茅ヶ崎の近所の駐車場で、路上園芸との出合いを果たす。
「高齢のご夫婦がやっている個人商店の裏手の駐車場でした。そこにはボロボロになった鉢の中にかつて植えられた植物と雑草が混在していたんです。さらには、長年野ざらしのタヌキの置物もいっしょに。決してきれいに整えられた園芸ではなかったのですが、肩の抜けた植物との付き合い方が、なんだかいいなと思いました。
同時に、この植物たちがなぜかすごく元気に見えたんです。人にほったらかしにされても、負けていない。人の都合と緑の都合、おたがいがせめぎ合って、渾然一体になった姿が力強く見えました」
以来、あちこちの街に出ては、路上園芸の観察をはじめるようになった村田さん。その後も出版社に就職したが、仕事の合間や休日の時間を使って、どんどん路上園芸にのめり込むようになっていった。
「名前」を付ければ特別な場所が見えてくる
現在は、ライターとしても活躍する村田さん。路上園芸は彼女の独自のネーミングセンスによって、SNSでもどんどん話題になっていく。
「転職鉢」「植物壁画」「多肉御殿」、そしてもちろん「路上園芸」……これらのキャッチコピーをすらすらと生みだす村田さんに、ことばについて聞いてみた。
「植物という普遍的存在を題材にしていることと、誰の前にも入り口は開いているよという意味も込めて、語呂がよくておさまりがいいことばを選んでいます。とはいっても、ひとりで大喜利をしているだけですよ。植物を見たまま擬人化してみたり、植物の立場から名付けをしたり」
20代のモヤモヤ期には、昼休みの1時間も惜しまず散歩をして目に入る植物の名付けをしていた。仕事がつらいときこそ、この名付けの時間がリフレッシュにつながっていたのだ。仕事の失敗や思うようにいかないこと、こういううまくいかなさが、村田さんと植物を結びつけたのかもしれない。
「ことばをあてると、そこが自分だけの名所になるんです。そこが一見なんの変哲もない場所でも、名付けによって特別な場所に変わります。また、たとえば『転職鉢』なんていう名付けをすることで、似たような鉢を発見することがしやすくもなる。私にとって名付けは、観察することやじっくり考えることの最初の一歩なのかもしれません」
2019年にはイベントの開催と合わせ「#はみだせ緑」というハッシュタグをつけて、路上にはみだしている植物の写真をSNS上で集めたことがあった。キャンペーンとしてつけたキーワードが予想以上に盛り上がり、4年近く経ったいまもハッシュタグがひとり歩きして投稿が続いているという。
また、路上園芸の写真もたくさん撮っている村田さんに、その切り取り方についても聞いたところ、「プロのカメラマンさんを前に恥ずかしいのですが……」という前置きとともにこう答えてくれた。
「先入観にとらわれず、視点やスケールを変えて撮っています。真俯瞰で近づいて撮ると、地球以外の惑星に見えることもあるんです。それから、たとえば『植物壁画』という名付けをしたならば、そのことがわかるように建物全体を撮ることも大事。名前があると、どこにフォーカスをして写真を撮るかが見えてきますね」
※私有地には立ち入らずに撮影をしましょう。
道ばたの「友だち」を探して
ここで村田さん、おもむろに鞄の中からはんこを取り出し見せてくれた。路上に落ちているアイテム(落ちもん)に着目する「落ちもん写真収集家」の藤田泰実さんとのユニット「SABOTENS(サボテンズ)」。この活動のなかで誕生したのが、この「家(いえ)ンゲイはんこ」だ。
「SABOTENSをいっしょにやる藤田さんは、イラストレーターでデザイナー。2016年に友人の紹介で知り合ってすぐに意気投合して。互いに路上で見つけたものを写真やイラストにして展示をしたり、グッズをつくったりしてきました。
このはんこは、全部で60種類くらいあって、藤田さんがイラストを描いています。たとえば路上園芸ってペットボトルがいくつも並んでいたり、似たような植物で揃えられていたりと、同じアイテムがどんどん増殖していくようなシーンがよくあるんです。(シリーズ化した)はんこなら、その増殖感を表せるし、紙の上で園芸を疑似体験できるんじゃないかと思って」
これはかわいい。「家ンゲイはんこ」は子どもにも人気だそうだ。……そういえば、路上園芸って子どもにも簡単にはじめられる遊びなのではないだろうか。
「たしかにそうですね。子どもって固定概念もないし、視線も低いからいっしょに歩くと見つけるのが早い。あと名前をつけるのも、子どものほうが得意ですね」
こちらの突飛な質問や感想にも、それを否定することなくやわらかく肯定してくれる村田さん。ともに街を歩いて、村田さんの植物を愛でる視点は、子どものそれにどことなく似ていると感じた。
たとえば、同じ色のブロックしか踏んではいけないとか、ブロックでないところを通るときは息をとめる……といった、その場で遊びを生み出すために子どもたちがつくる独自のルール。路上園芸鑑賞で村田さんが名付けを行うのは、そのルールに似ているのではないだろうか。そして村田さんは、見つけた遊びを独り占めすることなく、多くの人とその楽しさを共有しようとしている。
「植物は普遍だからこそ、だれでも楽しむことができるはず。定義付けや分類をしっかり行って対象物をアーカイブしたり、路上の風景をアートとして捉えて作品性を追及する、といったアプローチもありますが、路上園芸鑑賞にはとくべつなルールや決まりごとは何もありません。
仕事の帰り道やお散歩ルートに、道ゆく人を楽しませてくれる植物があれば、そしてそれを見る人が『おもしろい』と思えれば、すべて路上園芸なんです。老若男女誰にでも開かれていることも路上園芸の魅力のひとつですから」
たしかに、今日一日村田さんといっしょに歩いただけでも、街を散歩する楽しさがガラリと変わった。さらに、みんなも楽しめるようにと、彼女は常に路上園芸に遊び(余地)の要素を加えている。
「旅先で路上園芸を見ると、街が記憶しやすくなると思うんです。地図じゃなくて『あ、ここにでっかいサボテンがあったから、こっちの道だ』という風に、植物によって街を記憶する。
もっと言うと、私はよその街に行ったとき、友だちをつくるような気持ちで路上園芸を探しています。そうすると、だんだんと『ここに行けば友だちに会える』という感じで親しみの湧くスポットになるんです。そんなふうに植物を友だちとして見れたら、旅も路上園芸鑑賞もますます楽しくなると思いますね」
そう聞くとたしかに散歩中、村田さんが植物たちに向けていた目は、親しい友人に向けるものと似ていた。なじみの店にでも行くように「たしかこの辺に……」とお気に入りの路上園芸を紹介し、「今日の服かわいいね」と友人の服装を褒めるように枝についたリボンを褒める。あだ名をつけるのだって、仲良しの友だちだからこそ。
「路上園芸は、今からでもはじめられる趣味なんですよ」
根津を歩く前と歩いた後で、わたしたちの目は変わった。「リボンで導かれた植木」や「転職鉢」、「植物壁画」に「鉢や空間の境界線を飛び出して生い茂る植物」……これらを目を向け、想いを馳せることができるようになった。あとは、自分だけの名前や気づいたポイントを人に話せば、路上園芸鑑賞家と言ってもいいのではないだろうか。
取材が終わっても、根津の街であちこちを指さし、さらなる路上園芸を発見しようと躍起になっていたわたしたちは、すっかりその気になっていたのだから。
【プロフィール】
村田 あやこ(むらた あやこ)
路上園芸鑑賞家/ライター。福岡県生まれ。街角の植物や路上にはみ出た園芸に魅了され、「路上園芸学会」として撮影・記録。書籍やSNS、Webメディアなどを通じてその魅力を発信し続ける。2016年よりデザイナーの藤田泰実とともに路上観察ユニット「SABOTENS」としても活動。組み合わせると路上園芸の風景が作れる「家ンゲイはんこ」の制作や、国内外での作品展示・グッズ販売を行う。著書に『たのしい路上園芸観察』(グラフィック社)、『はみだす緑 黄昏の路上園芸』(雷鳥社)。寄稿書籍に『街角図鑑』『街角図鑑 街と境界編』(ともに三土たつお編著/実業之日本社)、『マニア流!まちを楽しむ「別視点」入門』(学芸出版社)。「散歩の達人」などで連載中。