夏真っ盛りの8月初旬。遠くに揺れる陽炎を見ながら、青空が広がる多摩川沿いの土手を歩き、河川敷の入り口となる公園へとたどり着く。しばらく木陰で涼んでいると、大きなリュックを担いだ野食ハンターの茸本さんが現れた。
そもそも野食とはなんなのか? 昆虫やヘビでも獲って食べるのだろうか? その全貌を知るには、体験してみるのがいちばん早い。そこで茸本さんがよく訪れるフィールドに集まり、野食材(野食のための食材)を実際にハントすることにしたのだ。
野食ハンターの徒手空拳グルメレポ
茸本さんいわく、夏の河川敷はほかの季節に比べて食材は少ないのだという。にも関わらず、河川敷に足を踏み入れるなり、茸本さんは次々と野食を見つけていく。
「今の時期はオニグルミの実がなるころですね。ほら、青い実がいくつもなっています。これが9月ごろになると、実が黒くなって落ちる。その果肉の中に硬い殻の種、私たちがよく知っているクルミが入っています。ローストして食べるとおいしいんです。あ、こっちに落ちている小さめの種はヒメグルミですね。こちらは割りやすい上に、えぐみが少なく油の風味もいいので、もっとおいしいですよ」
スーパーで購入すれば決して安くはないクルミがこんなにも簡単に……。筆者もナッツ類はよく食べるが、こんなに身近にあるものだとは思わなかった。続いて、見る限り到底食材とは思えないような植物の前で茸本さんは足を止め、その先端をいくつかもぎ取り保存用袋にしまう。茸本さんのYouTubeでもよく見る光景だ。しかし本当にこれ食べられるのか……?
「これは葛(くず)と言います。漢方薬や和菓子などの原材料として有名ですね。根っこが使われることが多いですが、夏はツルが食べられます。基本的に芽を食べる野草でおいしく食べられるのは、力を加えてポキっと折れる先端の部分。ツルの芯は茹でるとホワイトアスパラガスのようなホクホク感と柔らかさがあり、こっくりとした旨味も感じられて絶品です」
この見た目の裏側にそんなおいしさが隠れていたとは。茸本さんのグルメな味の表現に、「雑草」という固定概念が取り払われ、一気に「食材」としての興味が湧き出す。
またすこし歩きだし、頭上の木の枝を見上げた茸本さんは、そこに実る小さな赤い実を摘んだ。「これは榎(えのき)の実です。樹形がいい榎は、江戸時代に全国の諸街道の目標としてつくられた一里塚に多く植えられました。その実はほんのり甘く、あんこのような、干し柿のような風味。旅人はちょっとしたおやつ代わりに口に含み、疲れを癒していたそうです。赤黒くなると食べごろですよ」
当時の光景を想像し、「ああ、昔の人は自然にあるものを食べることがあたりまえだったんだ」としみじみ思う。
茸本さんはさらに、ハーブとして使える爽やかな香りのカキオドシ、サッと湯がいておひたしにするとおいしいという外来種のシャクチリソバ、日本では要注意外来生物に指定されながらも健康食材として注目されているキクイモなど、さまざまな野食材を見つけては教えてくれる。とつぜん鳴いているセミを素手で捕まえ、おいしい食べ方やその味をレクチャーしてくれる一幕もあった(驚いた)。聞けば茸本さん、野草や虫のハントの際はあまり道具は使わず徒手空拳にこだわっているという。
さらには「目で確認するだけでなく、匂いも必ず確認してくださいね。よくニラと間違って毒のあるスイセンを食べる人がいますが、匂いを嗅げば一目瞭然ですから」と、ためになるアドバイスもくれた。なんだか山菜採りをしているようで楽しい。ただもちろん、茸本さんほどの専門知識がなければ、川べりに無数に生える植物の中から安全に食べられるものを探すことは不可能に近い気もするが……。
野食材の採取は手早く行われ、小1時間ほどで終わった。意外にも保存袋の中身は意外にも控えめな量しか入っていない。
「野食材を採っていると、自然と命に対する感謝が芽生える。だから、基本的に自分で食べきれる分しか採取しないようにしています」そんな言葉から、茸本さんが自然にも食にも真摯に向き合っていることが伝わってくる。
実際に茸本さんといっしょに体験してみることで、意外にも親しみが湧いた野食の世界。その開拓者である茸本さんはなぜ、長年続けてきた野食の活動に、価値を見出し続けているのだろうか。
毒にも勝る未知への欲求
「はじめてキノコ図鑑を買ってもらったとき、『食用』『有毒』の表記を見て、自然にある『食べられるもの』に興味を持つようになったんです」
幼少期から動植物に関する実用的な科学図鑑に興味があったという茸本さん。はじめて野食を行ったのはなんと10歳のころだった。
「小学5年生のときに、東京の多摩から九州の福岡に引っ越したのですが、その場所が小学生でもすぐに山や川、海に行けるような自然豊かな環境だったんです。ある日河川敷に行くと、ヤブカンゾウという植物が生えているのを見つけて。図鑑を調べてみると『食べられる』と書いてある。いてもたってもいられず採取して、母に頼んで調理してもらったんです」
そこから、茸本さんの食への興味は、急速に広がり始める。次第に家庭でも「自分で得た食材は自分で調理する」というルールが生まれ、父親に出刃包丁を買ってもらい、料理が得意な母に基本を教わりながら、朝市で値引きしてもらった魚や採取した食材を自分で調理し食べるようになった。
「基本的には1人で活動していましたね。高校生のころはキノコにハマって、寮生活だったので採ってきたキノコは茹でたり電子レンジで火を通したりして塩漬けにしたものを実家に送って、帰省したときに食べていました。さすがに思春期のころは人の目が気になって(笑)」
さすが、キノコ検定1級を持っているだけある。しかしキノコをはじめ野食材には毒のあるものも多く、茸本さん自身、何度も中毒やアレルギー反応に苦しんだ経験がある。そんな経験を重ねているにもかかわらず、茸本さんは野食の活動を止めたことがない。それどころか、あえて毒とわかっている食材を採り、どうにかして食べられる方法を探ることも多いという。恐怖や抵抗感はないのだろうか?
「もちろん、できるだけ知識を積んで、毒やアレルギーを避けるように努力しています。実は僕、胃腸があまり強くはないので(笑)。でもどちらかというと、先人たちが『生では毒があるけれど、しっかり加熱すれば食べられる食材』を開拓していったのと同じような感覚というか。かつてのフグのように、毒があることでおいしさを知られてこなかった食材があるとすれば、どうやって毒の成分を抜きおいしく食べられるようにするか可能性を追求したい、という思いのほうが強いんです」
大学生になり横浜に戻ってきた茸本さんは、全国の山や海へとさらにフィールドを広げながら野食を探求。社会人になってもその活動は止まることなく、ジビエや発酵などの新たな領域に踏み込み、野食の可能性を広げる諸科学の知識と技術をブラッシュアップさせながら、ライフワークとして野食を極めていったという。
それまではあくまで「趣味」だった野食が仕事につながり始めたのは、23歳のときだった。
「『野食材を採って食べる行為を記事にまとめておけば、いつか仕事になるかも』と考えてブログを始め、それがだんだんとライターの仕事などにつながっていきました。中高生のころ、マスコミの仕事に憧れていたので、情報をブロードキャストしているという意味では、夢が叶ったといえるかもしれません」
「野食」は食の博物学!?
茸本さんの活動は、ブログを通じて次第に話題を呼ぶようになり、2017年には『野食のススメ 東京自給自足生活』(星海社新書)を出版。そこからはテレビ番組への出演や漫画原作の依頼など、トントン拍子にさまざまな仕事が決まっていったため、2018年に会社からの独立を決意した。そうして野食の活動が広く知られるようになると、「キノコ狩りや釣りも野食になるの?」「とったものをそのまま食べないと野食と言わないのでは?」と、野食の定義を指摘されることが多くなったのだという。
しかし、茸本さんが広げている「野食の世界」は、ただ未開拓の食材に原始的な姿勢で挑戦しようとしても成り立たない。食材を採るフィールドへの理解、その食材を安全に食べられるようにするための豊富な科学の知識、おいしく味わうための料理の美的感覚、それらすべての視点が合わさってこそ、茸本さんが目指す「野食の世界」が成り立つのだ。
「僕は食のオールラウンダーでありたいんです。各分野に専門家はたくさんいるけど、僕の場合は動物に植物、昆虫、そして化学や料理の知識など、あらゆることを広く知っている、南方熊楠*のような存在になりたい。そして、その知識を使って、どんな環境どんな状況であっても、世の中には食べられるものがたくさんあることを、みんなに知ってほしい。都会の小さな公園であっても、おいしく食べられるものが見つけられると思うと、食や自然の見方もまた変わってくると思うんです。
*南方熊楠……明治〜昭和にかけて活躍した博物学者。その研究範囲の広さや研究成果から「知の巨人」とも称され、植物学、菌類学、民俗学、天文学、鉱物学、宗教学など多くの分野で足跡をのこしている。
野食って聞くと、『塩茹で』『塩焼き』といった、ただ素材の味をそのまま試すだけのものを連想する人が多いみたいなんですが、僕の場合は『いかにおいしく食べられるか』が重要で。人参や豚肉をただ丸ごと茹でてそのまま食べる人がいないように、虫や野草も普通の食材と同じように、適切な味付けや調理方法でおいしく食べられる方法を見つけなければ、その魅力も伝わらない。そうやって『おいしい』を追求しない限りは、食に対する人の考え方なんて変えられないと思っています」
自然をおいしく味わう方法を伝え、「おいしさは二の次」という野食のイメージを変えるために茸本さんは日々奮闘している。茸本さんが原作を担当した漫画『僕は君を太らせたい!』(小学館)で描きたかったことも、まさにそういうことなのだろう。野食を知っていれば、漫画の世界のようにたとえ天変地異が起こったとしても、楽しく生き残れるはずだ。
世界は「おいしそう」にあふれている
テレビやYouTubeなどでは、環境の知識、毒の知識、調理の知識などを交えながら、軽快な口調で野食を紹介してきた茸本さん。昨年は霞ヶ浦でアメリカナマズを釣り、参加者が食べたものをハッシュタグで投稿・共有する参加型のイベントを開催するなど、特定外来生物をおいしく食べる方法も積極的に発信している。実際に映像を見ていると、好奇心をくすぐられ、思わず「どんな味だろう? 食べてみたい!」と体験してみたい気持ちが膨らむ。
茸本さんがこのような特定外来生物をはじめ、一般的にはまったく食べれていない野食材を積極的に発信する理由は何か。
「日本では、たとえば『土用の丑の日はうなぎを食べよう』とメディアが発信すれば、その日スーパーのうなぎが売り切れてしまうほど、メディアに踊らされやすい傾向があります。このように特定の食べ物に偏ってしまうと、生態系のバランスを崩すことにつながってしまう。だから、僕はまだ知られていない『おいしい』を発信することで、その矛先をできるかぎり散らしていきたいんです。
それが特定外来生物であればなおのこと、おいしく食べられることを知ってもらうことで、日本の在来種や自然を助けることにもつながります。このままでは良くないと思うからこそ、野食という活動を通じて、人々の『おいしそう』の視野を広げられたらと思うんです」
私たち人間は言わずもがな、自然界の一員である。ほかの動物や植物を食べるということは、生きていく上で欠かせないことだが、私たちはしばしば生態ピラミッドの頂点にいる捕食者であることにあぐらをかき、つい自然界の一員であることを忘れ、好きなものや流行っているものを必要以上に食べようとしてしまう。茸本さんの活動やその生き様は、食べ物と環境をひとつながりにして見る視点を与えてくれる。
話を聞き終え、最初に待ち合わせた河川敷の入り口に戻る。2時間ほど前までは何も感じなかった草むらや木々。それらを見る目にもつい「おいしそうなものはないかな?」という視点が加わり、いつも見ている世界の解像度がほんの少し上がったように感じる。きっと野食ハンターの解像度は筆者とは比べ物にならないほど高いのだろう。茸本さんの目は、日本というフィールド全体をどのように捉え、今後どのように活動を進めていくのか。
「日本は南北に長く、多様な野食材に溢れています。最近とくに気になるのは、深い場所、つまり深海の生物ですね。『あの魚を最初に食べたのは茸本だ』と語り継がれるように、あらゆる調理方法を試しながら、新たな『おいしい』との出会いを探したいです。もちろん深海魚だけでなく、日本にある食べられるものはすべて食べてみたいと思っているので、これからも一生をかけて、ありとあらゆる野食材を追いかけていくつもりです」
日本では近い将来、今は当たり前にスーパーにも並ぶ、マグロやうなぎが食べられなくなると言われている。また、2020年にはマツタケが絶滅危惧種に指定され、以前にも増してより貴重な存在になってしまった。
そんな未来を少しでも避けるためにも、私たちは日々新たな「おいしそう」を見つけていく必要がある。とはいえ、私たちがいきなり野山に食材を採りに行くことはのは難しいので、まずはふだんよく行くスーパーや魚屋、八百屋に行ったとき、どこか旅先でその土地土地の食材に出会ったとき、すこしだけ遠くに手を伸ばし、知らない食材にチャレンジしてみる。みんなが同じ食材を買ってしまう土用の丑や秋刀魚の時期に、あえて別の旬を試してみる。
野食ハンターが藪をかきわけ、土にまみれ、波をかぶりながら見つけた食材、そしておいしく食べる方法が、私たちの食卓にも浸透するのを心待ちにしながら、まずは身近なところから、自分なりの「おいしそう」を見つけてみるのはどうだろうか。
茸本さんが私たちに見せようとしてくれている景色は、きっとその先にあるはず。帰り際、茸本さんと歩いた川べりを振り返って見た「おいしそう」にあふれた世界が、いつも通りがかる公園や部屋の窓から見える木々にまでつながって、なんだかふだんよりにぎやかに映った。
【プロフィール】
茸本朗(たけもとあきら)
野食ハンター。1985年、岡山県生まれ。小学5年生のときに釣りにハマり、現在も愛用する出刃包丁を買ってもらったことで「野食」の道に入る。月間100万PV超える人気ブログ「野食ハンマープライス」をきっかけに、近年はテレビ番組への情報提供や出演、雑誌への寄稿も多く、2017年には『野食のススメ 東京自給自足生活』(星海社)、2019年には『野食ハンターの七転八倒日記』(平凡社)を出版。また『僕は君を太らせたい!』(小学館)の原作を担当するなど、その活動は多岐にわたる。2020年からはYouTubeで「野食ハンター茸本朗ch」もスタートし、現在では登録者数が12万人を超える人気チャンネルとなっている。
Twitter:@tetsuto_w
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UCSbe4o0yCVbo9cUxAPT9t_g
ブログ:https://www.outdoorfoodgathering.jp/