49歳。だけど「生まれたくて生まれてきたわけじゃない」マインドは健在

永野 先生、ごぶさたしてます。以前お仕事したときに感じた「この人、絶対に過剰だ」という直感を確認したいという表向きの理由と、先生のブレない宮崎弁でホームシックを解消したいというよこしまな気持ちとでこの場を実現させてもらいました。

東村 わたしもね、「ちょっと永野さんに言わないと!」と思って来たんです。早速いい?(笑) いままた大ブレイクしてるでしょ? これからどうする!?

永野 いやあ、そうなんですよ。

東村 プライベートの時間、なくなったりしてないですか。永野さんは忙しくなりたい?

永野 これ言うと怒られそうですけど、全然です。みんな「ブレイクして、よかったですね!」って言いますけど「幸せなのかな?」って。僕自身はガンガンいくことへの憧れがないんですよ。ほんとうに、ポーズじゃなくて。

だから「よかったね」って言われると「てめえと一緒にするな」「俺ってそんな下品に映ってる?」って思います。男として成り上がりたいとか、必死に働いて天下を獲りたいって野心がまるでない。獲ってどうするっていう。

東村 しかも天下を獲ったら週刊誌から狙われて……。

永野 そう、いいことひとつもないでしょ。

東村 いまの永野さんってただ好きなことができるちょうどいいポジションにいるから、ここに留まってほしいなあ。これより上にいっても、なんも楽しくないと思う。まずは、情報番組のコメンテーターはやらないってルールを決めましょう。

永野 しない、しないですよ。忙しくなるのも嫌だし、徹底して非体育会系、非マッチョな人間なんで。でも、先生はキャリアも長いしずっと売れっ子なわけじゃないですか。どうやってちょうどいいポジションを維持してるんですか?

東村 忙しいのもあるんですけど、漫画に関する取材以外は極力テレビには出ないようにしてます。とくに相談系の番組。ご意見番になったら「ちゃんとした人」カテゴリーに入れられて、酔っぱらってヘンなことをしたときニュースになっちゃうから(笑)。

永野 はー、たしかに。

東村 そもそも、エラくなったりいいポジションを得たりすることが幸せとか成功って言われるけど、わたしは全然そう思わないんですよ。自分の時間や家族との時間を持つことが人生にとってより大切だし、ひとりで本を読む時間が一番の幸せだし。

ほどほどのポジションで、自分の作品でファンが元気になって、プライベートの時間もちゃんとある。それくらいがいまの世の中ではちょうどいいってわたしは思います。

永野 まったく同感です。芸能界でも冠番組をどんどん持つようなひと、望んでセンターポジションを担うようなひとっているじゃないですか。僕、絶対そっち側の人間じゃないんですよ。めんどくさいのにおもしろくない、何のために生きてんだって思います。悲しいっすわ、そんな人生。

自分のファンが「おもしろい」って評価してくれるのはうれしいけど、人気者ポジションとか好感度は心底ほしくないです。麻薬的というか、1回でも味わったらもう終わりだと思う。

東村 ブレイクしたけど、そこはまだ経験してない?

永野 この年で言うことじゃないんですけど、ブレイクに対しても「生まれたくて生まれてきたわけじゃない」みたいな気持ちがずっとありますから。「頼んでねえし」みたいな。

東村 はははは! 思春期のやつ。

永野 テレビの仕事、めんどくさいんです。収録の現場ってマジ「社会」なんですよ。80人とかで回す立派な社会。昨日も1時間ぐらい楽屋待機があったんですけど、ずっとダンゴムシみたいに頭を抱えてうずくまってました。帰りてえな、全部めんどくせえな、みたいな。

東村 でもそのど真ん中でギラつきたいわけじゃない感じって、宮崎人特有のノリですよね。

永野 先生、それ! 宮崎といえば今日、先生と絶対に話したかったことがあるんです。

過剰さのルーツとど真ん中への破壊衝動

永野 この前、東村先生がUMKテレビ宮崎の「4時どき!」に出演されてるのをYouTubeで見たんです。サプライズでバニーさん(編注・Mr.バニー)が出てくる回で……。

東村 見ました!? (取材陣に対して前のめりに)我々が子どものころに『さんさんサタデー』ってお昼の番組があって、これ情報番組と銘打ちつつ完全なるお笑い番組だったんですね。ひいき目じゃなく当時日本一おもしろくて、中学生の頃、盲腸の手術の翌々日に病室で「さんサタ」見て笑いすぎて傷が開いちゃったくらい。血がドバッと出て(笑)。

で、それに出演してたバニーさんってローカルスターが、我々世代にドンズバ刺さってるんです。それこそ過剰なひとで……なんて言うんだろう、1人だけずっとちゃんと不真面目というか。

永野 東村先生がコメディはバニーさんから影響を受けたって番組でおっしゃってて、「わ!!」って衝撃が走ったんです。ぶわっと記憶が蘇った。これまで影響を受けたひとを聞かれたら「ダウンタウンさん、ウッチャンナンチャンさんです」とか答えてたんですけど、「俺の真のルーツ、ここじゃん……!」って。なんで忘れてたんだろうって。

東村 いや、絶対そうよ! バニーさんの過剰さ、適当さ、おもしろさ、当時の子どもたちに影響与えまくりですよ。わたしたちは間違いなく同じルーツを持っている。

永野 バニーさんはすごかったです。ただただおもしろかった。いい加減に思われたいとか、賞レースとかの真剣なノリをわかった上でふざけるのがおしゃれでかっこいいって僕の感覚、だいぶここから来てる気がします。

東村 わたしも真面目な話や恋愛ものも描くけど、やっぱりギャグ漫画がいちばん好きなんですよね。バニーさんだけじゃなくて、宮崎全体に流れる空気にも影響されてるなと思うんですけど……。

永野さんもだけど、宮崎のひとっていい意味で無責任じゃないですか。無責任というか、あんまりひとの目を気にしない。これ、宮崎にはでっかいお城がないからだって仮説を私はひそかに持っていて。

永野 あ、城が。考えたことなかったです。

東村 あくまでイメージですけどね、民を管理する武士が幅をきかせてない、お百姓さんのユートピアだったんじゃないかって。だって宮崎には、「永野さんがやってること」みたいな民話ばっかり残ってるんですよ。たとえば首を傾けてるお百姓さんがいて、別のお百姓さんが「あんた首が曲がっちょるよ、戻さんね(戻しなさいよ)」って言ったら「よだき(めんどくさい)」って返す。それだけ(笑)。そういう話がずっと続くの、もう完全に永野さんじゃないですか。だれかに感心されようと思ってつくられてない、あの感じで描きたいんですよね。

永野 ああーーー。すっごいわかります。

東村 ほめられようとか評価してもらおうって気持ち、ホント薄いですもん。編集者さんに「もっと丁寧に描け」とか「こうやらないと売れないぞ」って散々言われてきたけど、言われれば言われるほどもっと雑にしてやれって宮崎人の意地で……。

永野 その自分を客観的に見て笑ってるみたいな。

東村 そうそう。永野さんが世に出てきたとき、同じノリを感じました。破壊衝動とまではいかないんだけど、そういう感覚ですね。

永野 めちゃくちゃわかります。ただ、散々宮崎の話で盛り上がってなんですけど、最近若いひとたちが宮崎芸人としてほがらかに出てきてるじゃないですか。あれはちょっと許せないです。何がマンゴーだ、かぼちゃの県だろみたいな。上京したんだったら、一度は屈折した気持ちでセンター街を歩かないとダメですね。

東村 あはは。渋谷の中心をね。

永野 僕は長渕剛の「とんぼ」みたいに北へ北へと向かった世代で上京に切実さがあったのに、いまって芸人も「どこどこ出身です!」って元気に言うでしょ。「じゃあ東京来んなよ!」って思いません?

ネオンライトに憧れて上京して、さみしい気持ちでバニーさんの映像を見る。実家の近所にある明林堂書店の駐車場のライブカメラを映して、知り合い通らねえかなって眺める。でもひとには言わない。そういう屈折がほしい。田舎者は卑屈であれよと思います。

東村 そういえば東国原(英夫)さんさ、たけし軍団のときさ、宮崎出身の「み」の字も言ってなかったもんね。私も金沢の大学に入った時、おしゃれな先輩に出身聞かれて「福岡です」って言ってたし。

永野 あるあるですね。まあ僕は幼稚園からエリート校に行って高校でドロップアウト、地元のコミュニティから切り離された結果、宮崎にもアイデンティティはないんですが。こういう悲しき宮崎人もいるんですよ。いつか東村先生に描いてほしい。

東村 でもその悲しさの中で、お笑い芸人になるんだって気持ちはずっと持ってた?

永野 もちろんです。「東京待ってて、帰るから」って。

東村 帰るから(笑)。

永野 俺は本当はあっちで生まれたんだ。いつか帰るからねって18年間思ってました。

「人の2倍描けば食っていけるっしょ!」

東村  今回の「過剰」ってテーマを聞いたとき、自分にピッタリな言葉だなって思ったんです。「意識したことなかったけど、わたし、これじゃん!」という。レシピに「砂糖小さじ1」って書いてあっても気にせずドバーッて入れるし、バター1かけって書いてあったらひとかたまり入れるし。

永野 過剰ですね。

東村 仕事もそんなふうにやってきて、結果的にすごくよかったんです。少女漫画を連載してると1年間に描ける原稿ってだいたい400〜500枚なんですけど、20代のときに「よし、倍の1000枚描こう!」と決めて。

永野 1000枚!? ちょっと、過剰、超えてません? 

東村 「ひとより多く描けば食っていける!」って信じちゃったんですよね。年間1000枚っておかしな数字を10年こなしたら、食えないわけがない。砂糖をちょろっと入れて隠し味にするんじゃなくて「全体を甘くすれば、それはもうだれが食べても甘いんだ」みたいな発想です。

永野 すげえ。極端すぎる。

東村 みんなからは「頑張りすぎ」って言われてたけど、別に努力してる意識もなく。じゃあ何って言葉にできなかったんですけど、今回「過剰」って言葉を聞いて「あ、それだわ」と腑に落ちました。

永野 そもそも年間1000枚って物理的に描けるんですか?

東村 適当に描いてるから全然大丈夫。漫画って手を抜けるんですよ、コマを大きくしたり(笑)。読者も「すいすい読める!」ってよろこんでくれたりします。

永野 素晴らしい。最高です。

東村 クリエイターって、いい作品とか渾身の一作をつくろうってひとが多いじゃないですか。でもわたしはそのスタイルだとうまいひとにかなわないから、とにかく描く。作業としては大変なんだけど、高尚な意識から離れたバカな目標があるからあんまり悩まなかったです。

永野 でも、それで言うと僕も過剰にネタを書いてましたね。ひとに見られたら恥ずかしいくらいの量を。真面目って言われるかもしれないけど、おっしゃるとおり自分としては全然努力してるつもりはなくて、ただたのしかったです。ネタというか、あふれ出るアイデアをバーッて書き出すだけですし。

東村 そうそう、ただ水をぶちまけてる感じですよね。

永野 あと……これ失礼かもしれないんですけど、先生って外見にも過剰感がにじみ出てますよね。覚えてますもん、NHKの番組ではじめて先生を見たとき着物を着てて、「漫画家? ホステスじゃなくて?」って思ったの。見た目の話ですみません。

東村 いや、めっちゃうれしいです! テレビに出るぞってとき、何着よう、どんげしようかって考えたんですよ。で、「ジャケットとか着たほうがいいのかな……いや、どうせだったら演歌歌手みたいな着物で出よう!」って。砂糖ドバーッの感覚です。

永野 ね、そういうところですよ。過剰というか、異常というか。

東村 永野さんだって、芸人さんの中でも唯一無二の存在ですよね。バラエティ見てても、つくり込まれたネタの間でただ居るだけでもおもしろい、何これ、みたいな。ちょっと真似できないキャラだなって思う。

永野 芸能人ってイケてないフリしてるイケてるヤツの集まりなんですよ。ほんとうにイケてないひとは実質3人くらいしかいなくて、自分はそのうちの1人だと思ってます。賭け事をしてみようと思ったけど麻雀のルールを覚えられなかったし、おいしい店とかガチで知らないし。

ぱっとしないキャラの芸人だって、よく店を知ってますからね。この前、後輩芸人が「中目黒の会員制バーに行ったら芸能人とアナウンサーがコンパしてて、おれら男2人、ジュース飲みながら見てるだけでした(笑)」とか自虐風に言ってたんですけど、会員制のバーに入ってる時点でいやいやお前と。俺はモンテローザ系列でしか飲まない。そこに後輩を呼んで、え、スタンダードコース? いいよいいよ、プレミアムコースでっつって「やっぱ芸能人ってすごいっすね!」って言われるんです。

東村 (笑)

永野 ちゃんと店知ってるやつらとか、賞レースで必死に練習してるやつらとか、絶対ふつうの仕事もできるだろって思うんすよ。俺は芸人以外できないですよ。弁当屋のバイトでコンロの火のつけ方をレクチャーしてもらってたら怖くなって、そのままばっくれたこともあります。次の日、客として行ったらびっくりされましたね。ばっくれたやつがふつうに現れたから。30代まで仕送りもらってたことも軽蔑されるんですけど、何が悪いのって心底思いますし。

東村 あ、私もお金はもらってました。別にお金持ちじゃないけど親族は多かったから、おばちゃんに「もしもし、アキコだけど」って電話して振り込んでもらったり。全然いいと思います。

永野 えっ、ホントですか!? はじめて同意された、うれしい! 仕送りの話になると芸人からも「夢を持つならば責任を」云々言われるんですけど、辛気くせえなって思います。こんな社会不適合な仕事を選んだくせに、なんでそこだけマッチョなノリになるんだよって。堂々と言いますけど俺、売れてないときからお腹減ったことないですから。

東村 私も悲壮感はなかったな〜。みっともないとか恥ずかしいって感覚が薄いかも。なんならちょっと馬鹿にされたいくらい。

永野 ちなみにそうやって仕送りしてくれたうちの家族は、今の俺の芸風を心配して見てると思います。「売れない息子を支え続けた父と母は、息子の活躍に涙を流して……」みたいな感動ストーリーは期待しないでください。

ふざけて、無責任に、適当にやっていく

永野 これから先生は、どういう感じで活動されるんですか? まだまだ過剰を貫く?

東村 もう50歳なので、闇雲に描くのはやめて仕事を減らそうと思ってます。20代から締め切り人生で、「予定が何もない」って日がなかったんですよ。漫画家で、しかも年間1000枚描いてると「明日何しようかな〜」って日がない。常に宿題を抱えてる状態で、ちょっと時間が空いたら漫画の続きやろうって思っちゃうから。そろそろ旅行も行きたいし、ぽっかり予定の空いた日にふらっと映画館に行ってそのとき上映してる作品を観る……みたいなことをやりたい。

永野 さすがに過剰すぎた?

東村 そろそろふつうの人くらいのペースでいこうかな、と。永野さんは? これからどうします?

永野 うーん……「めんどくさい」はベースにあるけど、でもやっぱりふざける時間は好きなんですよ。いつまでもたのしいです、ウケることは。だから責任を持たないままずっとこのまま適当にやっていきたいですね。かといって死ぬまで芸人でいたい、みたいなロマンもないですけど。

東村 毒蝮三太夫さんみたいになるのは? 「おいババア!」とか言って。で、時々若者が見るメジャーな番組なりYouTubeなりに出て、爪跡を残して帰る(笑)。

永野 そういうポジションは気楽でいいですね。気楽がいいです。

東村 永野さんにはホントこのまま世捨て人ポジションを死守してほしい。あ、せっかくだから、今度宮崎のテレビに一緒に出してもらいましょうよ。宮崎に帰って「永野さんも宮崎出身だよ」って言ったときのさ、みんなの反応がさ、ちょっとおかしいもんね。「あー」って。宮崎といえば永野だよねって感じには……。

永野 ならないんですよ。別にならなくていいですけど。でも「4時どき!」あたりには出たいんで、根回しお願いします!

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自身のラジオで東村さんの自伝漫画『まるさんかくしかく』に触れ、その宮崎に対する愛と距離感の近さに憧れや嫉妬を感じると発言していた永野さん。ふるさとに対する目線は違えど、笑いのルーツや無自覚な過剰さ、どれだけ売れっ子になってもブレない強さなど、たくさんの「わかる!」が飛び交う現場となりました。

撮影時、メガネを選んでもらうと「ちょうどおととい、JINSさんでメガネつくりましたよ! JINSさんのヘビーユーザーです」と教えてくださった東村さん。漫画を描くとき、映画を観るとき、運転するときにメガネは欠かせないのだそう。

すばらしい作品の裏側で私たちのメガネがお役に立てていることを、うれしく思いました。