
ダウ90000はラッセンである
永野 いまのダウ90000って、センスと実力があって、ちゃんとカルチャー好きなひとたちの心を掴んでると思うんだけど、お茶の間に広く知られているわけではないですよね。そこでいま聞きたいのは、蓮見くんには「有名になりたい!」っていう欲があるのか? ということで。
蓮見 まったくないですね。劇場にお客さん呼べればいいと思ってて、そのための手段は有名になること以外にもあると思いますし。そもそも単純に「ウケたい」っていう欲求を満たすなら、お客さんのリアクションが直接見られる劇場の方がテレビより全然いいんですよ。
昔だったら、お笑いや演劇の人間って、テレビや映画の業界と繋がってようやく生活できるようになったと思うんですけど、今は配信の売上とかで全然食っていけるんです。だからいまの時代は、あえて有名になるポジションを目指すメリットもあんまないかなって。
永野 なるほど。でも自分は2015年に「ラッセン」で表舞台に出て、道化師のように世の中を席巻する経験はたのしかったんだよ。だからあの体験を蓮見にも味わってほしい。まぁ最後はストレスになって終わりましたけど。
蓮見 やっぱ最後は悲惨じゃないですか。

永野 でもあれはものすごい快感だから、一度体験したほうがいいって! これからこの対談における重要な話をしますよ。俺は30代前半まではアングラなちっちゃい世界のカルトスターだったんです。でも30代の半ばを過ぎて、そのアングラ的なノリに、急に吐き気を催したの。いつまでこんなことやってんだろ?って。だからテレビの世界で、こんな格好して腰振って、「ラッセンが好きー!」って絶叫したんです。
ひたすらポップにわかりやすいネタをやることが、アングラ的な連中への最高の皮肉であり、最も効果的な攻撃だと思ったから、やった。実際それで当時のお客さんはほとんど離れていきましたよ。でもそれが気持ちよかった。ただ、ラッセンが飽きられてからのぶり返しもひどかったね。やっぱりああやってブレイクすると快楽物質が出まくるから、禁断症状も酷いんだよ。
蓮見 そんな話聞いて「俺も大ブレイクしてみたい」とは思わないですよ(笑)。でもそっか、永野さんにとって「ラッセン」は自分へのカウンター攻撃だったわけですよね。
永野 そうそうそう! あのネタで純度100%でアングラに受け入れられていた状況をぶっ壊したかったの。もちろんいま言ったように、一時期はブレイクの反動で精神的にヤバかったよ。でもそこで無理せず、YouTubeで素の俺を見せたり、ライブでしか言わなかったような悪口をテレビでも言ってたら、アングラ時代のお客さんも戻ってきてくれたんですよ。そしてようやく完全体の永野で、世間にも当時のファンにも受け入れてもらえたんで、結果的には全部よかった。

蓮見 いま聞いてて、僕は賞レースを「ラッセン」寄りの考え方でやってるかもしれないと思いました。『キングオブコント』は本業であるコントの賞レースだから別としても、『M-1』は女子4人と俺1人で予選に出てるんですよね。ふつうの漫才でイメージするかたちとは、まったく違う5人組で出てるから、漫才をひやかしてる連中だと思われてもおかしくない。それに僕としても本来好きな漫才のスタイルではない。それでも『M-1』に出るのは、少しでも多くのひとに知ってもらうためで。かといって、もしあそこだけで評価されたら「こっちが本質じゃないのにな」って思うかも。
永野 神様が「M-1の蓮見で、お前の人生を査定する」って言ってきたら困るよね。
蓮見 それは絶対イヤですね(笑)。早く売れたくてやってるだけなんで。
永野 知るひとぞ知る存在じゃなくて。
蓮見 この時代、それがいちばんダサいですから。こんなにかんたんに情報が手に入る世界で、知るひとぞ知るを目指すなんて、おもしろくもなんともないです。8人組っていうのも売れるための手段だし、コントをいっぱい書いて公演をたくさんやるのも全部早く売れるため。もしかしたら、そもそも8人でやってること自体、永野さんにとっての「ラッセン」なのかもしれない。僕は最初っから、なりふりかまってられないっていう登場の仕方だったんですよ。
永野 なるほど、有名にはなりたくないけど、ほどよく売れたいっていうのは、すごく難しい狙い目だけど、最初からそこを目指すっていう戦い方を選べる客観性がやっぱりすごいわ。ここへきて、ダウ90000はそもそもがラッセンであったという結論、これはヤバいですね(笑)。

ビッグドリーム・イズ・グッド?
永野 蓮見くんの今後の目標ってなんですか。
蓮見 最終的には自分たち専用の劇場を持つことですけど、当面は全国ツアーですね。
永野 いいっすね。やっぱり自分はビッグドリームを目指すことが正解だと思うんですよ。僕も若いころ、お笑いで成功したいって思ってて、40代でようやく「ラッセン」があって、ようやくこうやって好きなひと呼んで話せるような、恵まれた環境をつくってもらえるようになりました。めちゃめちゃ時間はかかったけど、この世界で歯食いしばりつづけてようやく夢が叶ったんです。
だけどね、ある日周りを見渡してみたら、「夢に大きいも小さいもないよ。どんな夢でも100点だよ」みたいな世界に変わってて。これはムカつきましたよ。
蓮見 ごめんなさい、ちょっと話がよくわかんないです(笑)。
永野 いやね、例えば応援してくれてるひとに「永野さん! 俺も地元で就職して家族もできて、永野さんみたいに夢叶えたっす!」って言われると、すっげぇムカつくのよ。そんなスモールドリームと俺のビッグドリームを一緒にすんな!って思うの。かつてはみんな「ビッグドリーム・イズ・グッド」って言ってたくせに、急に「ビックも、スモールも、グッド」って手のひら返されても困るでしょ。
もちろん地元で仕事して家族を養うのは立派なことですよ。でも、東京で夢叶えるぞって宮崎から出てきて、何十年もやせ我慢してようやくここまで来れた俺の「ビッグドリーム」と、お前らのささやかな幸せは、全然違うだろって。
蓮見 言ってる意味はわかったんですけど、俺はまったくそんなこと思わないです、どっちもいいと思う(笑)。

永野 ほんとに? そこの価値観は全然ちがうのか。
蓮見 多分、世代的なもんだと思います。いままでのさばってきたオッサンたちが「俺はがんばったから、成功したんだよ」ってつまんない自慢話を繰り返してきたじゃないですか。そのせいで「がんばるってダサいわ」ってなって、僕らの世代には「ビッグドリーム」があんまピンと来なくなったんだと思います。
永野 たしかに、それはありますね。蓮見くん的にいえば、永野はいまそのオッサンゾーンに入りかけたのかもしれない。危なっ!
「がんばりアピールはダサい」っていうのはよくわかるんですよ。それで言えば、いまってお笑いの世界がそうじゃん。あんまり言いたくないけど。まぁ言うけど。
蓮見 (笑)。
永野 もしいま自分が中学生だったら賞レースとか怖すぎて見てらんないです。芸人たちが漫才の練習しまくってる姿を見せつけられて、汗水垂らしてつくった漫才をご覧ください!って言われても、そんなの笑えねぇし、全然憧れないでしょ。
蓮見 そこは同じ気持ちです。これは芸人が悪いわけじゃなくて、「舞台裏を見たい」っていう世の中の風潮に問題があると思います。僕は芸人には裏側を見せずに、超越した存在でいてほしいんですよ。昔でいうと「アイドルはトイレ行かない」みたいな感じで、芸人にも幻想があったほうがいい。一般の社会と、かけ離れたものであったほうが絶対におもしろいから。
永野 だから俺は前編でも言ったように、アルピー(アルコ&ピース)の番組で視聴者に寄り添う感じで「自分のブレイクを俯瞰で冷静に捉えてますよ」と発言しちゃったことを後悔してるの。「すごい人気ですね!」って言われたら、謙遜なんかしないで「いやぁ、ほんと困っちゃいますよ」って返したほうが笑えたなって。
蓮見 でもSNSがあると「調子に乗ってる」って非難だけが独り歩きして、それこそつまんなくなるじゃないですか。そうすると芸人も謙虚になるしかないのが現状なので、永野さんがあそこでああいう発言をしたのは、さすがに仕方ないことだと思います。
永野 そうそう! だから俺はふだんから、「一般人はSNSで発言なんかするな」って言ってるんですよ! そういう一般人のつまんないツッコミもどきが、お笑いをダメにしてるんです!
蓮見 そこで急にヒートアップしないでくださいよ!(笑)

地元の友だちの過剰なリアリティが、いちばんおもしろい
永野 いやぁ、ごめんね。自分ばっか話しちゃった気がする。
蓮見 ホントですよ。俺、一個も質問してないっすよ(笑)。
永野 本当だ。これヤバいね。最後になんでも聞いてよ。
蓮見 永野さんってお笑い以外のところが何も見えてこないんで、生活どうしてんのかなってのを聞きたかったです。
永野 「なんでも聞いて」と言っておいてなんだけど、プライベートの話ってあんましたくないんですよ(笑)。これはカッコつけじゃなくて、むしろ自分の弱点だと思ってる。仕事の幅が狭まるからね。まぁそもそもプライベートで話せるほどのことは何もないですよ。
蓮見 じゃあ、ふだんの息抜きって何してるんですか?
永野 車を運転してる時間は好きですね。あと、スーパー銭湯もよく行きます。蓮見くんはある?
蓮見 永野さんの話聞いたあとで恥ずかしいんですけど、僕も車と温泉なんです……。
永野 マジでっ!? 一緒じゃん! あと、いま思い出したのは、地元の同級生と話してんのがいちばんたのしい。いまでも長電話するし、地元に帰ってもその人を車に乗せて、ブックオフ行って、映画のうんちくを教えてる。
蓮見 免許取り立ての大学生じゃないですか(笑)。

永野 恥ずかしいから言ったことないけど、その友だちにビッグドリーム語ってんだよ。俺ずっと「地元をレペゼン※する」って意味わかんなかったんだけど、最近気づいたんです。俺は地元の友だちをレペゼンしてるんだってことに。
※代表する、背負って立つという意味。ヒップホップに由来
蓮見 俺も話してていちばんたのしいのは高校の友達です。
永野 そうでしょ? こないだも『チャンスの時間』(Abema TVのバラエティ番組)で「年下の芸人は面白くない」って企画やったんですよ。50歳目前の芸人にとって、若手のやってるお笑いなんて何も刺さらないっていうコンセプトだったんだけど、あれも地元の友達が言ってたことです。宮崎の訛りで「ラッパーの〇〇に感動してんけど、アイツ年下やったわぁ〜」って不満げに言うから、おかしくてしょうがない。その人は単純に年下に感情を揺さぶられるのがシャクなだけなんですけど。
蓮見 ははははは(笑)。
永野 でも俺も「たしかにそういう気持ちわかるなぁ」と思って番組で言ったんですよね。俺、中学生まではエリート校だったのに落ちぶれてヤンキー高校に進学したんですよ。そこで出会った友だちだから、そのヤンキー感っていうかストリート感覚が、俺にはないリアリティで面白い。
蓮見 わかるなぁ。別に「地元が落ち着く」とかじゃなくて、いまでも話してていちばんおもしろいのが地元の友だちなんですよね。
永野 そうそう! 俺らみたいに俯瞰が極まって、どう見られてるかを気にしてるヤツよりずっと、地元のリアルを生きてる普通の感覚のほうがずっと笑えるんですよ。

***
永野さんが一目置く存在として実現した今回の対談。
正直で、偽りのない言葉のラリーに現場のボルテージも最高潮に達しましたが、
おふたりのほがらかな人柄のおかげで、終始程よくリラックスムードでした。
普段はメガネを着用しないという蓮見さんにも、
この撮影ではご自身でメガネを選んでもらいました。
はじめてJINSのメガネを着用した感想を聞くと、率直で正直な言葉が……。
「周りのみんなが褒めてくれてうれしいです」
そんな姿を横で見て「めっちゃ似合うじゃん!」と永野さん。
不意のうれしい言葉に照れながらも、笑顔を浮かべる蓮見さんの表情が印象的でした。
自分をまっすぐ俯瞰で見つめ、一貫して軸を曲げずにつき進むおふたりの姿に、
JINSも「考えすぎ」なぐらいで、ちょうどいいんだと気づかされました。
