聴きつづけて、28年が経ちまして
——昨年3月、50歳という節目の年にTBSを退社された堀井さん。フリーに転身されてからは、ナレーションのお仕事や朗読会の開催、書籍の出版など多岐にわたってご活躍されていますね。
ありがとうございます。「えいや!」で退社してからあれよあれよという間に1年が経とうとしていますが、独立前は考えもしなかったようなお仕事にお声がけいただくことも多くて。今日みたいにいろいろな企業に潜入できるので、社会科見学をしている気分です(笑)。
——さて、今回の特集テーマは「想うために、聴く。」。堀井さんの出演されている番組を拝聴するととんでもなく心地よく、いわゆる「聴き上手」だと感じます。それについて、ご自分ではどう捉えられていますか?
うーん、どうなんでしょう。そういうイメージを持ってくださるのだとしたら、これまで久米宏さんやみのもんたさん、竹中直人さんといった個性豊かな語り手のアシスタントを長く務めていたからではないかなと思います。スタジオにゲストをお迎えしてホスト役を務めるお仕事も多かったので、その影響もあるかもしれません。
——キャリアのなかで、ずっと「聴きつづけて」こられたわけですね。
そうですね。でもそれがまったく苦ではなかったというか、性に合っていました。秋田の実家は親族や近所の方がしょっちゅう集まる家で、大人の話をじっと聴くことが多い子ども時代だったんです。周りを観察しては、「あ、グラスが空いたぞ」とビールを運んだり……。
そんな聴き役キャラは、大学で東京に出てからさらに拍車がかかった気がします。いろんな人が集まっている街だから、それぞれのお話がおもしろくって。「あなたのお母さん、すごくない? その話もっと聴かせて!」みたいな感じで(笑)。
要は、その人の体験や自分が知らなかったこと、学びになること……ひっくるめて言えば「目の前の人が持っている情報」をもらうのが、とにかく好きなんだと思います。それは、仕事でもプライベートでもまったく同じですね。
『相槌』を道案内にして
——「聴くことが好き」とのことですが、いろいろな方と接するなかで「正直、この人には興味が持てないなあ」ということはありませんか? あるいは、途中で話を聴くのがしんどくなってしまうようなこととか……。
それがね、ないんですよ。お仕事でもママ友でもご近所さんでも、みなさんのお話に興味があります。もちろん苦手な方はときどきいらっしゃいますけど、シャットアウトはしません。「自分とはちがう考えだな〜」って思いながら最後まで聴いちゃいます。
たとえば「自慢話を聴くのが嫌い」という人、多いですよね。でも、わたしはまったく平気。これを言うとおどろかれるのですが……自慢話、大好きです(笑)。
——ええーっ! 疲れたり反発したりしないんですか?
ううん、全然。なんでしょう……純粋におもしろくないですか? たとえばバブル時代の武勇伝を聴いたら、「へええ、そんなの想像できない!」とか。ビジネスに成功した人のエピソードを聴けば、「そんなにうまくいったんだ! 儲かったお金は何に使ったんだろう? どんな家に住んでるんだろう?」とか(笑)。なにを聴いても、「それで、それで?」って掘りたくなるんです。
自慢話が苦手な方って、きっと自分には得るものがなくてつまらないと判断しているんだと思います。でもね、じつは相手が話したいことってその人のいちばん「おもしろい話」なんですよ。だからわたし、あえてそこを探っていくんです。そのお話、ぜひ聴かせてくださいって。
——「自分が聴きたいこと」ではなく、「相手の話したいこと」を聴いていく?
そうですね。結果的にそれが自慢話であっても相談であっても世間話であっても、そういうところに相手の「いま」だったり人生のハイライトだったりが詰まっていると思うので。
「この人は何をいちばん語りたいだろう?」と考えて、探して、押して……これはもう無意識でしていることですが、そうすると、ふたりの間の空気もよくなるんですよ。やっぱり、いい会話を育むうえではどれだけ心を開いてもらえるかが大切だから。「この人には自分の好きなことをしゃべっていいんだな」と安心してもらいたいですよね。
——そんな聴き方を目指している堀井さんが、最近「この人は聴き上手だな」と感じた方はいらっしゃいますか?
すこし前に、鈴木おさむさんのラジオに呼んでいただいたんです。3時間もあったのに、ずっと楽しくて、とっても話しやすくて。どうしてだろうと思ったら、相槌や質問でわたしがそのとき「これを話したい!」と思った方向へ巧みに導いてくださっていたんですよね。
わたし、それまで「堀井さんは話しやすい」と言われても「ありがたいけど、どうしてだろう?」とあまり自覚がなかったんです。でも、もしかしたらこういう感覚を持っていただいていたのかなって……すこしだけ、自己理解も進みました(笑)。
——アナウンサーになった当時から、そういう聴き方を意識されていたのでしょうか?
いえいえ、全然です。わたし、20代後半に永六輔さんのラジオでアシスタントを務めていたんですね。当時はものすっごく気合いが入っていたので(笑)、事前にとことんリサーチして、全部の言葉に相槌を打って、「○○ですよね!」とすかさず合いの手を入れて……「打てば響くアシスタント」を目指していました。
するとある日、リスナーの方から私宛にお手紙をいただいたんです。封を切ると「お願いだから、堀井さんは黙ってください」。
そのとき、「リスナーさんは永さんの話が聴きたいんだ」とはっとしました。永さんに相談すると、「いま10回打っている相槌を1回にして、残りの時間は考えてください。そしてその1の相槌で、僕をどこかに連れていってください」と言われて。
——素敵な言葉です。
もちろん、永さんの話を変えるなんて簡単にはできません。でも、一生懸命トライアルするさまを見てくださっているな、と感じました。自分なりの相槌で、相手をどこかに連れていく……それはいまも意識していることです。
聴かないと、はじまらないから。
——「聴くこと」についての書籍『LISTEN』(ケイト・マーフィ著、篠田真紀子監訳、松丸さとみ訳/日経BP)がベストセラーになったことをはじめ、最近は「話す力」以上に「聴く力」が重要視されています。なぜいま、「聴くこと」に注目が集まっていると思われますか?
おそらくですが……多様性の時代だから、ではないでしょうか。
いま、お互いのちがいを認め合う社会をつくろうという意識が高まっていますが、それを実現するためには「聴くこと」が欠かせないと思うんです。そのことにだんだんとみなさんが気づきはじめているのかな、と。
——「聴くこと」が、なぜ多様性の実現につながると思われるのですか?
自分とはちがう価値観に対して「間違っている」とか「よくわからない」とシャットダウンしてしまうこと、ありますよね。でも、みんながそういう姿勢でいると不要な諍(いさか)いが起こったり、誤解や断絶が生まれたりしてしまう。
一方で、ひとりひとりが「どうしてそう考えるんだろう?」と相手の思考をゆっくり、ていねいに捉えようとすれば、「わたしとあなた」に橋が架かります。相手に一歩近づけるんです。
拒絶や論破はなにも生み出しません。「どうしてそう思うのか聴かせて」というフラットなスタンスが、いろいろな価値観の人が集まる時代には不可欠だと思います。もちろん、じっくり聴いた結果、相容れないこともあるでしょうけれど、少なくとも相手の想いを受けとることはできますよね。
——たしかに、よく知らないまま拒絶するよりずっと前向きです。「まずは聴く」大切さ、立場や意見の違いが分断を招きがちなSNS時代にも通ずるものがありますね。
ああ、そうかもしれません。同じように、いろいろな立場や年齢の人が集まる仕事場でも「聴く」ってすごく大切なんですよ。
自分が何か発言したとき、メンバーに聴く耳を持たれなかったら心が折れますよね。アイデアを思いついても「どうせ聴いてもらえないし」とあきらめてしまう。逆に、「それで、それで?」と聴いてもらえたら、どんどん意見を言おうと思えます。そういう場をつくるためにも、チームで「均等に話して、均等に聴く」ことが意識できるといいなと思うんです。
……あ、そうそう、いま思い出したんですけどね。久米(宏)さんってときに「雑談」で番組を作っていかれるんですよ。
——へええ! それはどのように?
収録後に1時間ほどスタジオに残って、AD含めみんなで座って、お菓子を食べながらああだこうだしゃべるんです。「あの人、船買ったんだって」って話からADのおじいさまが80歳で漁師をしている話になって、「ゲストに呼ぼうよ」って盛り上がったり……(笑)。
そんな場をとおして、チームの関係が深まったり企画が生まれたりする様子を目の当たりにしてきました。「均等に話して、均等に聴く」ことの大切さは、身を以て学びましたね。
相手の言葉を勝手にボツにしない
——「話を聴く」は日常の営みですから、「なんとなく」でこなしている人がほとんどだと思います。堀井さんのように、相手の言葉をまっすぐに受け止めて聴くコツはありますか?
そうですね……先ほどの多様性の話にも通じますが、相手の話をジャッジしないことではないでしょうか。自分の物差しではからない、というか。解決したり、正したり、導こうとするのではなくて、ただ聴いて「共有」する。それで充分じゃないかなと思います。
そういう意味で、かつてTBSラジオ『生活は踊る』の金曜日でご一緒して、今はPodcast番組「OVER THE SUN」でタッグを組んでいるスーちゃん(ジェーン・スー)は、ほんとうに聴き上手なんですよ! 彼女も語り手のイメージが強いけれど、わたしの話を聴いて、大きく受け止めてくれる。わたしの想いを、まるっと肯定してくれるんです。スーちゃんと話していると、「ああ、聴くって応援なんだな」と感じます。
こんなふうに「聴く」ためにも、まずは相手の言葉をすべて活かそうとする意識を持ちたいですよね。
——相手の言葉をすべて活かす……というと?
「あなたの言葉を一度、全部ちょうだい」ってことです。否定も賛同も取捨選択もせずに、聴ききる。目の前の人はなにを言っているのか、言いたいのかを考えきる。
相手の言葉をかんたんにボツにせず、しっかり噛んで味わうと、またちがう景色が見えてきます。「いい天気ですね」とか「お忙しいですか」といった定型文、あるじゃないですか。あれもよーくピントを合わせるとちゃんと盛り上がったりするんです。「捨て会話」なんてありません。
——きちんと相手の話を聴くって、簡単なようでいてとてもむずかしいことなのかもしれませんね。最後に、「想うために、聴く。」ことを考える編集長業務を通して、どんなことを期待していますか?
じつは、これまでのお仕事では自分が想像もしないような方のお話が聴きたくて、番組ゲストの人選はスタッフに任せていたんです。だから意外と、わたし自身の「話を聴きたい!」は放置してきたところがあり(笑)。なのでこの特集では「聴く」を軸にしながら、コミュニケーションだったり、想像力だったり、クリエイティブだったりと、さまざまな切り口でわたしが気になる方々にお話を伺っていきたいと思っています。「聴くこと」に関しては今後もどん欲に学んでいきたいので、楽しみです。
みなさんもぜひ、ほんの少しだけでもいいので聴くことに意識を向けてみてください。きっと、ふだん見逃している、たくさんの気づきがあるはずですから。