トキは学名でニッポニア・ニッポンと言います。エグイかっこいいですよね。
普通にトキもシンプルで良いのですが、学名という世界を相手にするときの名前、いわば芸名「ニッポニア・ニッポン」の響きのカッコよさが私はすごく好きです。
私の、トキでいうところのニッポニア・ニッポンはアンゴラ村長と言います。
そして、トキ部分といいますか、本名は佐藤歩実と言います。
もしかしたら、トキをものさしに説明しなくても良かったのかもしれません。
というか確実にそうだった気がしています。
今回、トキの話をするわけではありません。
本当は「私の”自己ベスト”」というテーマについて話したくて「このテーマを見たとき、自分の名前が頭に浮かびました…」と持っていきたかったのですが、気付いたらすごい遠回りしていました。このエコの時代にすみません。
小学3年生の頃です。
学校で「名前の由来を聞きましょう」という宿題が出ました。そう言われると、確かに聞いたことがなかった気がしてきます。
名前なんて、近くにありすぎて意識すらしていませんでした。せめて言えば、自分の名前「歩実」に入っている「あ」が、50音のトップバッターを務めていることに誇らしさを感じていたくらいで、本当にそれ以下でもそれ以上でもなかったのです。
聞いてみたいけど、変な理由だったらどうしよう…。
少しばかり不安もありながら親に「歩実」の由来を尋ねました。すると「自分の歩んだ道が実りますようにって意味だよ」と教えてくれました。
「むちゃくちゃ素敵じゃん…」
小学生史上最速で「粋」という感情にたどり着いた自信があります。その数年後、歴史の授業で千利休の茶の湯について学んでも「知ってる感情だな…」とタカをくくっていた記憶があります。とても嬉しくて、自分の名前がさらに好きになる理由でした。
そうして私は幼心に、名付けてもらえた通り「自分の足でちゃんと歩んで、いつか良い実を実らせたいな」と思うようになりました。
漠然としていて、大きすぎて、広すぎる人生という大地の、ずっとずっと遥か向こうに大きな木がドンッ!と出現したようなイメージでした。
今いる場所からあの木まで歩いて行くのが人生で、そうして木の下にたどり着いたときに素敵な実が沢山なっていたらいいなと思いました。
このイメージは人生の色々な場面で、度々出てきます。
高校を選ぶとき、部活を選ぶとき、誰かと付き合うときや別れるとき、大学で学部を選ぶトキ、仕事を選ぶときなど…。
すみません。序盤のトキのせいで「○○なとき」と打つ度に「トキ」が顔を出してくるので一羽だけ紛れ込ませてしまいました。「時」の意味で読んでいただけたら幸いです。
とにかく、あの木に向かって大切に歩いていたはずでした。
でも、それが出来なくなった時期もありました。
何気なくエントリーした2017年のキングオブコント。
思いもよらず決勝へ行き、準優勝をしました。それはとても輝かしく嬉しい経験ですが、自分の足で選んで歩いてきたとは思えなかったのです。それよりもなんと言うか空から急に現れたオオワシにヒュンッと首ねっこを掴まれて夢に向かってショートカットしたようでした。(まさか鳥が2種も出てきてすみません…)
自分で努力してたどり着いたとは思えず、自分が今いる場所に自信が持てなかったのです。
キングオブコントで準優勝したときに見えた大地は、それまでと違ってとても異様な光景でした。沢山の人が私を監視しているように思えたのです。その人たちは「次にどんな一歩を踏み出すのか?」と、私の一挙手一投足を見守っていて、一歩間違えば私まで届くように声を張り上げるようでした。
そうして私は、どう歩いたらいいか分からなくなりました。誰かに委ねることも増えました。一生懸命考えて踏み出した一歩を否定されたら、自分全てが否定されるようで怖かったのです。
やがてメディアの露出もゆるやかになると、私を見ていた沿道の人たちは減っていきました。そうして人目を気にすることなく、やっと自分の足元に目を向けられたとき「ここは本当にどこなんだろう…?」とゾッとしました。
今いる場所は、選択の積み重ねでたどり着いた場所であるはずです。でも私はその一歩を他人に任せてしまいました。その責任は、望んでいなかった現在地という形で返ってきました。
自分に自信を持ちたいな。
でもどうしたらいいか分かりませんでした。
それからどれくらい経ったか覚えてないのですが、あるとき、応援しているアイドルの言葉が目に入りました。その子は選抜制度のあるグループに所属していて、選ばれなかったときのことを振り返って「それをむしろチャンスだと思った。選ばれなかった期間を自分に自信をつけるための時間にしようと決めた。」と話していました。
「自分に自信をつけるための時間にしよう」
この実直な言葉が、とても衝撃でした。
なりたい自分にまっすぐぶつかって行けばいいのか。すごくシンプルでした。その子がどこにいるとかはどうでも良くて、今いる場所で必死で頑張るその子そのものが何よりもカッコよく映りました。まっすぐ目標に向かっていって、間違えても、カッコ悪くても、全部見てもらって、届く人には届いて、笑う人には笑われて、それでいいじゃないかと私の心にも火がつきました。
取り憑いていたものがストンッと落ちたとき、テコの原理でホワンッと目標が上がってきました。
やっぱり、自分の好きなネタでテレビに出たい…!
そこからは新ネタライブを始めて、たくさんネタを作って、でもテレビのオーディションへ行くと「なわとびのネタはないの?」と聞かれて落ちて、それを繰り返して…。
やっと深夜の1分ネタのオーディションに受かりました。キングオブコントから4年が経っていました。やっと手にした一歩でした。
そしてそれを皮切りに、本当に本当に少しずつですが、なわとび以外のネタもテレビで披露できるようになっていきました。気付けば「なわとびを持ってなきゃ誰か分からないかも…」だとか「あの衣装を着ていなきゃ…」という弱気な自分はいなくなり、それよりも、ここからまた始めるんだ…!という強い覚悟も生まれてきました。そんな気持ちで一新した宣材写真、よく見るとグリーンやピンクの何かを投げているのですが、あれはなわとびネタをするときの衣装です。
「自己ベスト」という言葉を聞くと「自分の中の突き抜けた1番」って意味を感じます。でもそんな意味の通り気を張っていると疲れてしまいます。だから目標に向かう中で、その時々で自分が思う良い選択をすればそれがもう自己ベストなんじゃないかなあと思います。
え!ここまで色々書いたのになんかフワッとしてますね!
でも、こんな偉そうなことを書き連ねた私だってまだ何も為せていません。だけど目標に向かってる途中って、きっとこんなものだと思うのです。特にビックニュースとかもなくて、平穏で、自分で少しずつ努力を積み重ねるだけの波風の立たない日々。
だから、そこだけ切り取って「今なにしてるの?」だとか「それに何の意味があるの?」だとか言われることもありますが、自分に大きな木が見えていれば大丈夫です。
あの木を見失わず、あの木に素敵な実をつけられるよう歩いていきたいです。
…ちょっと最後、環境活動家みたいなことを言ってしまいましたがこれが今のアンゴラ村長なりの「“自己ベスト”こそ、道しるべ。」のお話です。

特集:“自己ベスト”こそ、道しるべ。
羽が生えてないから今日も徒歩
JINS PARK3代目編集長・峯岸みなみさんとお届けしている特集、「“自己ベスト”こそ道しるべ。」
他人と比べず、自分の過去の成功体験とも比べず、自分のベストを出しきることで道を切りひらこうとしている方々にお話を聞いてきました。
今回は趣を変えて、エッセイをお届けします。
2017年のキングオブコントで準優勝を経験したお笑い芸人、にゃんこスター・アンゴラ村長さんによる寄稿です。
目標だった決勝に出場したものの、予想外の好成績に「夢に向かってショートカットした」ようだったとふりかえるアンゴラ村長さん。つい最近では、宣材写真を一新されたことでも話題になりました。
気持ちを新たに、一歩ずつ前に進むアンゴラ村長さんの道しるべとは......?
SHARE
CREDIT
執筆:にゃんこスター アンゴラ村長
デザイン:前田定則
編集:三浦玲央奈