コロナ禍にも「新しい物語」を

——新型コロナウイルスの感染が広まりはじめ、誰もが「人と会えない」という状況に陥った2020年4月に『劇団ノーミーツ』は立ち上げられました。当時、小御門さんはどのように過ごされていたのでしょうか?

当時、ぼくは会社員として松竹で歌舞伎の宣伝担当をしていました。その傍ら、学生時代から演劇もずっと続けていて、2020年の2月には阿佐ヶ谷の小劇場で、主宰している劇団の公演もやっていたんです。それを無事に終えることができたこともあり、「オリンピックイヤーの今年は会社の仕事に打ち込もう」「忙しくなるぞ」と思っていたところでした。

ところが、日に日に新型コロナの感染拡大状況は深刻になっていって、歌舞伎もその影響を大いに受けることに。ついには自宅待機を命じられて、ぽっかり時間が空いてしまったんです。何をしようか? 何をするべきだろう? と考えていましたね。

——ちょうどそのとき、友人の林健太郎さんから劇団立ち上げのお誘いがあった。

そうですね。と言っても、最初は「Zoom演劇でもやってみないか」というLINEのメッセージでした。そこにZoomのインビテーション(招待用URL)が貼り付けてあったんですよ(笑)。何気なくメッセージを開いて、軽い気持ちでZoom会議に参加したところからすべては始まったんです。

そこにはノーミーツを一緒に立ち上げることになる、林と広屋(佑規)という男がいて、広屋とはそれが初対面でした。「やるのか」「やらないのか」といった大それた決断もなく、そのまま3人で「Zoomのバーチャル背景ってのは、画像が簡単に加工できておもしろそうだね」なんて会話が始まって、あっという間に話が転がっていきました。

——そこから実際に「Zoom演劇をやってみる」となったとき、小御門さんの中で何か明確に実現したかったことはありましたか?

軽い気持ちで開いた扉でしたが、ひとつあるとすれば「新しい物語を作る」ということだったと思います。当時「自宅で映画やドラマを見ようよ」という過去の作品に触れる気運は高まっていましたが、劇場や撮影の現場は一律でストップしてしまっていて、「新しい物語が生まれない」という状況にありましたよね。「歩みを止めちゃいけない!」とまで気負った気持ちではありませんでしたが、オンラインを使えば何か新しいものが作れるかもしれない。やれるならやりたい。新しいものを作り続けて届けたい、そういう想いはありましたね。

だからこそ、「会えない期間だけ」「数ヶ月の期間限定」そんな気持ちではじめた、というのが正直なところでした。

劇場の“あの感覚”を味わえた

——それまでも演劇を作られてきた小御門さんですが、やはりZoom演劇の作り方は、勝手が違うものでしたか?

そうですね。何しろ「会わずに」作っていましたし、舞台のように照明やセットの切り替えがあるわけではないので、時間の経過を伝える演出にも頭を悩ませました。毎回、「次の日」なんて画像で説明するのもちょっと無粋な感じがするじゃないですか。ひとつのZoomのミーティングの中で、どうやって場所や時間の遷移を見せるか。そこがいちばん難しいポイントだったと思います。

ただ「会わずに作る」ということに関しては、なかなかおもしろい感覚の変化が起こりました。これまで、稽古や撮影というと「ひとつの場所に人間が集まって始まるもんだろう!」という価値観でやってきたものですから、最初は「稽古場特有の雰囲気が、どうしても出ないな」ともどかしく思っていたんです。

ところがしばらく経てば、待機しているキャストが稽古を見ながらチャットでリアクションを始めたり、感想を言い合ったり。まさに、稽古場で演者同士が「あれさ」なんて声を潜めて話すような感覚ですよね。そんなふうにみんなで見守ったり、同時並行的に会話が生まれたりするようになって、オンラインの場が徐々に徐々にリアルな稽古場の空気に近づいていくのがわかったんです。それがとても、おもしろかったんですよ。

——旗揚げ公演『門外不出モラトリアム』は、そのまま1度も顔を合わせず、フルリモートで制作・上演されたそうですね。

はい。演目の内容は、ぼくが素案として出したものを、Zoomを使ってみんなで揉んで叩いて走りながら形にしていきました。途中で「これは、配信の制御ソフトを活用しないと実現できないんじゃないか?」なんて話になれば、誰かが詳しい人を連れてくるんです。そんなふうにして少しずつ仲間が増えていきましたが、期間中、誰とも実際に会うことはありませんでしたね。

だけど、「会わなくても新しい作品を作ることができるんじゃないか?」という想いは日増しに強くなっていきましたし、本番でもすごく不思議な感覚を味わったんですよ。

配信ページが開く10分前、キャストのみなさんに「もうすぐ配信ページ開くので、それぞれマイクとカメラオフにして集中してください」なんて声をかけて送り出したのですが、そのときたしかに、リアルの劇場で舞台袖へキャストを送り出していくときの“あの感じ”を体感することができたんです。「始まるぞ」という高揚感、それから配信中も「今一緒にひとつのもの作ってるじゃん」という手応えが本当に大きくて。「家にいるのに、こんな感覚を味わえるのか!」と感激したことを覚えています。

出会いが開いてくれた「もの書き」への扉

——第2回公演の実施もすぐに発表され、そこから立て続けに脚本を書き続けていらっしゃいますよね。

ありがたいことに、そうですね。常に新しい挑戦があるので苦労もしますが、それも含めて楽しくやれています。

ぼくは会社員になる前から、「もの書きとして食べていきたい」という気持ちがずっとあったんですよ。大学に入って演劇を始めて脚本を書くようになるんですが、その頃は自分たちで予算を工面して、なんとかチケット代をいただいて採算を合わせるといった具合で、もちろん商売にはなりませんでした。

「どうやったら、ものを書いて食べていけるんだろう」と悩みました。新人賞みたいなものにも挑戦はしましたが、そこには引っかかることができなかった。大学を1年留年するほどのめり込んでいたものの、結局5年間でその糸口を掴むことはできず。「これは長期的な計画にせねばならん」と覚悟して、就職の道を選んだんです。運よく歌舞伎という、自分がやりたい演劇の分野に近い仕事に就けたけれども、ずっと願っていた脚本を書く仕事ではない。「いつ勝負を仕掛ければいいんだ、ぼくは」と常に自分自身に斜め後ろから問われているような気分で過ごしていました。

——オンライン演劇をきっかけに、念願の夢を叶えられたわけですね。

「ノーミーツ」と言いながら、すべては出会いのおかげだと思いますね。企画を仕掛けるのが上手い人や、「企画があるなら、売り込みに行こう!」とすぐに動ける人、演劇畑に閉じこもっていたら気づけなかったことを、体現しながら教えてくれるメンバーと「ノーミーツ」をきっかけに出会うことができました。「企画が固まったから、あとは小御門書いてくれ」と言ってもらえる環境がそろって、「今かもしれない」と覚悟を決めて、会社も退職したんです。

——その決断について、今はどう思われていますか?

もちろん後悔はありません。ただ、「コロナ禍」という良からぬ出来事、時代のうねりにおいて生まれた道で、ほんの少し世間に知っていただける存在になった。なんだか、その後ろめたさみたいなものが、ぼくにはずっとあるんです。ですから、「始まりこそそんな流れだったけれど、今となっては関係ないよね」と思ってもらえるよう、あとは精進するだけですね。

「壁」はずっとあったんだ

——ノーミーツのみなさんは、新型コロナ、人と会うことができない……という壁を、新たなチャレンジで扉に変えられたように感じていました。ですが、お話を伺っていると、壁はコロナ以前からあったのかもしれませんね。

そうなんだと思います。「ものを書いて食べていきたい」というぼくは、現実の壁を前にひとり悶々としていましたし、演劇を作るにしても、「会わなきゃできない」「集まらなきゃやれない」という前提の壁が何かの機会を潰していたこともたくさんあったと思うんです。ライブエンタメのハラハラ感は実際に行かなければ味わえない、というのもまた、ある人にとっては壁だったかもしれません。

新型コロナという避けようのない大きな課題が現れたことで、悲しいことがたくさん起きているのは充分に承知の上で、それでも僅かな救いは、既にあったものを見つめ直すきっかけが生まれたことだと考えています。もともと壁って、たくさんあったんだと思うんですよ。

——これまで無言で立ちはだかっていた壁を、見つめ直して、新しい物語を生み出された。

そうですね。捉え方を変えて扉にできるような友人たちと出会えたことは、すごく幸運だったと思います。

まだ出会ったことのないものを

——新型コロナが収束に向かい、気軽に人と会えるようになった後は、どのような展望を考えてらっしゃいますか?

「劇団ノーミーツ」として旗揚げをしましたが、昨年10月には「ストーリーレーベル・ノーミーツ」と名前を改めました。今は「ノーミーツ=会わない」ではなく、「まだ出会ったことのないノーミーツな作品を追求する団体」と名乗っているんです。

立ち上げたときのメンバーが共有できた成功体験は、「ジャンルを越境して人が集まって、何かひとつのものを作るって、最高におもしろい」ということだったと思っているので、これからも物語を作る過程でおもしろい仲間とたくさん出会いながら、オンライン演劇に限らず、まだ誰も見たことのないコンテンツの制作に挑戦していきたいと思っています。

——多くのファンを生んでいるオンライン演劇は、これからも続けられるのでしょうか。

そうですね。今年8月には初の世界同時演劇 『Lost and Found』も上演しました。今後も新たな挑戦をして多くの方に楽しんでいただきたいですね。

2020年に1度目の公演を終えて2作目に取り掛かり始めたとき、少しおこがましいですが自分たちがやめてしまったら、あるいは1作目と同じようなものしか作れなかったら、「配信専用で作るクリエーションはあれが限界である」とオンライン演劇は見限られてしまうんじゃないかと思っていました。それについて話し合ったことこそありませんが、根底にはそんな想いをみんな持っていたんじゃないかなと考えています。

だけど、こんなふうにまだまだ新たにやれることはたくさんあるんですよね。「ノーミーツな作品を追求する団体」として限界は決めず、なるべく軽やかに挑み続けられたらと思います。

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コロナ禍を機に、いくつもの壁を「捉え直す」ことで扉にしてきた小御門さん。既存のあり方にとらわれず、しなやかに歩みを進めるヒントをもらえた気がします。

JINSも、2008年頃に経営危機が訪れた時に、「ピンチをチャンスに」の精神でビジネスモデルを刷新。薄型非球面レンズの追加料金を0円にするなど、“これまで既存のメガネ屋がやっていなかったこと”に着手をしました。

ノーミーツが作り出す「まだ出会ったことのない世界」のように、JINSも新しい価値を創り出せるよう、これからも模索していきたいと思います。