店主の“好き”が詰まったオープンなプライベート空間
「フロータン」があるのは、西鉄平尾駅から徒歩2〜3分ほどの、通称「平尾村」と呼ばれているエリアの一角。大通りから一歩入っただけなのに、この村にはどこかスローな時間が流れています。そんな気配に誘われたのか、飲食店、ギャラリー、コーヒースタンド、いずれも個性派ばかりが集まっているのです。一度、この場所を知ってしまうと、その後の人生が変わってしまいそうな、不思議な魅力が漂っています。
そんな平尾村に「フロータン」がオープンしたのは2018年。ここで楽しめるのはスパイスの効いたカレー、そして店主の平野さんが愛してやまないビールたち。ただ、その他にも、不定期でお菓子を販売していたり、コーヒーが飲めたり、写真家の作品が展示されたギャラリー的な側面もあったり、最近では選書家によるアートブックの紹介コーナーもできていたり、実はいろんな要素が混在しています。まさに平野さんの“好き”が詰まった、オープンなプライベート空間。カレー屋として、BARとして、喫茶店として、アートスペースとして、来店する人が自由な解釈で利用してほしいお店です。
この店を開業する以前は東京で暮らし、飲食業とはかけ離れたデザイン関係の仕事をしていた平野さん。そんな彼女が東京時代に趣味で通っていたのがインドカレー教室でした。一度、夢中になると、とことん追求したくなる性分だったことから、すっかりカレーづくりの魅力に浸かっていったそう。この店で提供されているカレーは、そんな経験が土台になっています。
365日、ひたすらにチキンと豆のあいがけカレーだけを作り続ける平野さん。「ほかのカレーを作りたいという気持ちが全くないんですよ。本当にこのカレー、この組み合わせが大好きで、この一皿は私の理想なんです。同じものを毎日作っているわけですけど、全く飽きない。食材をじっと見て、なんでこれらがこんな味になるんだろうって、ふと考えることもあるんです。開業当時よりも今のほうが美味しいと思うし、この先、もっと美味しくなるとも思っているんです」と笑顔を見せます。
実際に通って食べ続けていると、本当に、毎回、「今日のカレーが過去一で美味しい!」と思ってしまう自分がいます。一皿の中に、チキンという動物ベースのカレーと豆という野菜ベースのカレーという対極のものが盛り付けられ、それが皿の中で混ざり合い、補い合うことで、究極のカレーが完成するというイメージ。ミールスよりもずっとシンプルで、それなのに複雑で、刺激的。だからこそ、吸い寄せられてしまうのかもしれません。
「カレーでも、ビールでも、何を楽しんでもらっても良いので、帰るときに、来たときよりもちょっと良くなってもらえたらいいですね」。平野さんはそう言って微笑みます。
“ちょっと”を大切にできる平野さん。だから、やっぱりこれからも通いたくなってしまいます。
【フロータン】
福岡市中央区平尾2-14-21
TEL:なし
営業時間:11:30〜17:00(LO16:30)
※時短営業や夜まで営業する日もあります。詳細は公式ホームページで確認ください
定休日:火・水曜
https://www.instagram.com/floatan/
並んでも食べたいすごいラーメン
全国には数多くのご当地ラーメンが存在し、各地で親しまれています。ここ福岡では、なんといっても白濁したスープの豚骨ラーメンでしょう。今では福岡名物として、全国、そして海外にも知られる存在です。
だからこそ、この「麺道はなもこし」の開業はセンセーショナルでした。その豚骨ラーメンがメニューになかったのですから。
この店で柱になっているのが、鶏ガラを白濁するまでしっかり炊き込んでとった鶏白湯スープのラーメン。そしてスープに合わせて徹底的に作り込む自家製麺。これらが両輪となった極上の一杯は「豚骨以外は認めない」というくらい豚骨ラーメン好きな福岡っ子の間でも話題となり、一躍、行列ができる店になりました。
店主の廣畑さんは、元々、薬院に隣町にあたる今泉で居酒屋を営んでいました。その後、業態をガラリと変え、現在の薬院の路地裏でラーメン店をスタートします。カウンターのみというミニマムな空間。入口には製麺機が鎮座し、当然、麺はスープに合わせた完全オリジナル。そんなスタイルに惚れ込み、いつしか自分史上、人生で一番、通うラーメン店になっていました。
そんな「はなもこし」ですが、2011年の創業時から現在に至るまで、提供されているラーメンは少しずつ変化し続けています。もちろん主軸になっているのは鶏白湯スープの看板メニュー「濃厚鶏そば」ですが、2023年7月時点では魚介だしを効かせた中華そば、そしてあっさり味の豚骨スープで仕上げた一杯もあり、麺好きの心を掴んでいます。
通い続けて思うのは、廣畑さんは美味しさのためにはひたすら真面目だということ。店で出す商品にはとんでもない高いハードル、商品クオリティを設けている一方で、良い意味でこだわりがありません。あるのは「美味しい」の高みを目指す気持ちだけ。「はなもこし」に熱狂的なファンが多いのは、そんな廣畑さんとの信頼関係です。
「美味しいというのは当たり前。お客さんからありがとう、そして、何より『すごい』って言われるのが嬉しいですね。食事してて、すごいってなかなか口に出さないでしょ」という廣畑さん。美味しいを飛び越えて「すごい」を目指す。さらなる味の向上に対してひたすら貪欲。
製麺、スープづくりの全てを一人でまかなっているため、大量に仕込みができず、営業終了時間前に売り切れることも珍しくありません。連日、この限られた一杯を求めるお客さんで行列必至。ただ、ぜひ並んででも食べてみてほしいなと思います。すごいですから。
【麺道はなもこし】
福岡市中央区薬院2-4-35
TEL:非公開
営業時間:11:45〜13:30 ※売り切れ次第終了
定休日:水・日曜
視覚文化に触れる交流場。
店主・川﨑雄平さんは「本屋青旗(あおはた)」を開業する直前まではデザイナーとして活躍していました。そんな人がなぜ本屋を始めたんだろう。そんな疑問への回答がそっくりそのまま「本屋青旗」の根底に流れています。
「デザイン関係の仕事を続ける中で、自分でつくりたいものとつくれるものの乖離を実感しました。本当は自分で美しいと思えるものを自らつくれる人間になれればよかったのですが、なれなかったので。そんなことを思いつつ、そういうものに関わる仕事で食べていけたらいいなという考えと、そういうものを紹介するお店が福岡という街にあまりなかったという状況が重なり、今のお店をやってみることにしました」。
こうして川﨑さんは2020年10月、「本屋青旗」を開業しました。この「本屋青旗」は視覚文化に特化した書店です。補足すると、視覚文化とは視覚をとおして触れる文化のこと。つまりこの店の場合、いわゆるアートブックと呼ばれる本や写真集、デザイン書などがそれにあたります。そのセレクトは国内外問わず幅広く、ZINEやTシャツやバッグといったアイテムも店頭に並んでいました。
そしてこの本屋には開業当時からもう一つの顔があります。それがギャラリーです。オープンからおよそ3年の間で、実に40以上の企画展を開催。なんと月1回以上というペースです。直近で企画展を開催したアーティストを少し挙げてみると、黒田征太郎さん、佐々木俊さん、三迫太郎さん、ジョアンナ・タガダ・ホフベックさんといったように、国内外を問わない人選。それも第一線で活躍されている方ばかりです。
「展示の基準のひとつに、青旗でやらないと福岡であまり観ることができなさそうなものというのはあります。それは地元・福岡の作家さんでも、関西・関東の作家さんでも国外のアーティストでも同様で、他にされている場所があれば私が客としてそこに行けばいいので」という川﨑さん。
本屋と同じくらいギャラリーにも重きを置く理由として、昨今の本屋が直面している問題もあります。今の時代、本はオンラインでも気軽に買えるようになりました。つまり、単純に本を売るだけなら、店を構えなくても良いわけです。ただ、その便利さは人生の豊かさとイコールなのでしょうか。
「実際に手に取ることなく写真数枚の、それも1万円くらいする本を買うのは躊躇しますよね。自分がそうだったので。それを解消するために本屋をやりました。本は今でもよくWEBや電子書籍と比較されますが、それらが大きくなればなるほど、本は相対的に、直接見て触れなければ得られない体験を内包するようにシフトしているように思います。特にアートブックと呼ばれるものが顕著なのかもしれませんが。入口はなんでもよくて、最初は感覚的に心惹かれるものを楽しんでもらえればいいですし、そのうちそれらが繋がってくるとより楽しめるかもしれません。でもそれも楽しみ方のひとつですし、価値観に良いも悪いもないので」
並んでいる本に手を触れる。そんな接点が街からどんどん減っている今だからこそ、この「本屋青旗」という店との接点がとても大切に思えるのです。
「本屋とギャラリーを一緒にやっているのは、親和性が高いからです。本でも、企画展でも、自分が見たいけど今まで福岡であまり見る機会の少なかったもの、そういうものをやっていれば、同じ思いの人に届くかもしれないと思って今も続けています」
あくまで一歩ずつ、そして真っ直ぐに。川﨑さんの思いは確実にぼくへと届きました。だって、大好きなバンドの新譜を心待ちにするかのように、次の企画展を楽しみにしている自分がいるんですから。
【本屋青旗】
福岡市中央区薬院3-7-15-2F
TEL:092-571-6304
営業時間:12:00~19:00
定休日:水曜
https://aohatabooks.com/
心を満たす福岡発の文具たち
今や福岡発の文具メーカーとして広く知られる「ハイタイド」。そのスタートは一冊の手帳からでした。
手帳といえばひと昔前まではビジネスシーンで用いられることがほとんどで、プライベートではなかなか活用されていませんでした。そんな中、パーソナルな出来事を残したり、自分の夢に近づくために役立てたり、そんな仕事とは一歩離れた日常と自分事を書き留めるカジュアル手帳に注目し、商品企画を開始。カジュアル手帳の先駆けとして、その一歩を踏み出しました。
根底にあるのは、屋号の「ハイタイド」が意味する「満ち潮」です。これは自分自身が心から満たされること。「ハイタイド」の商品を使うこと、もっと言えば商品を使わない時であっても側に置いておくことで、そんな気持ちになってほしいという願いが込められています。
そんな思いがあるからこそ、素材や機能性といった使い心地はもちろん、見た目にも優れたデザインを取り入れることを指針としているのです。
これは「penco」のステーショナリー、「Marbled」のメラミントレーなど、「ハイタイド」が手掛けるオリジナルの文具全てに共通する指針ですが、取り扱っているセレクトアイテムについてもその思いは変わりません。
この「ハイタイドストア」は、そんな「ハイタイド」における本社兼フラッグシップ店。1階が直営のショップ、2・3階が本社になっています。「ハイタイドでは一度使ったら手放せなくなるような、使い心地、デザインを追求し、長く愛される商品開発を続けています。その中で大切にしているのがお客様の声です。そのため、本社自体にお客様との接点を増やしたいと考え、本社1階にショップをつくりました」と教えてくれた広報の尼田さん。「本社で商品が生まれ、1階のショップでその商品に対するお客様の反応や声を頂く。頂いた反応やお声が商品のブラッシュアップや新商品開発のヒントになり、とても良いサイクルが生まれています」と続けます。
現在では、ステーショナリーから派生し、インテリア雑貨の商品ラインナップも広げているそう。「ここ数年でライフスタイルが様変わりし、暮らし自体を見直すお客様が増えていると感じています。柔軟にその波に乗っていきたいですね」と尼田さんは笑顔を見せます。
外に目を向ければ、近年では東京、そして海を飛び越え、アメリカのロサンゼルスやブルックリンにも店舗を展開。同時にハイタイドの製品も海外で人気が拡大しています。一方で、この「ハイタイドストア」自体も変化を続けています。開業以来、力を入れている国内外の作家やショップとのコラボ、企画展やイベントを月1くらいのペースで実施。時には店の前に人だかりができるなど、高感度な人たちがいつも集まっている場所というイメージがどんどん定着していっているように思います。
これからも世界に誇るこの文具メーカーから目が離せそうにありません。
【ハイタイドストア 福岡】
福岡市中央区白金1-8-28
TEL:092-533-0338
営業時間:11:00~19:00
定休日:不定休
https://hightide.co.jp/shop/hightidestore-fukuoka/
天神からも、博多からも、アクセスが良好な薬院・平尾エリア。その上で、都心からほどよく離れた絶妙な距離感が、このエリアに独自のカルチャーを育んでいます。ラーメン、スパイスカレーといった美味スポットを巡ったあとは、視覚文化に触れるもよし、センスのよいステーショナリーを買うもよし、薬院・平尾エリアならではの過ごし方を楽しんでみてくださいね。次回は福岡編のフィナーレを飾る大濠エリア編です!