「入りやすくておしゃれなカフェ」をめざして

前回の調査では、大きな〇プロジェクトが食にまつわる事業を通じて、障がい者の雇用や地域コミュニケーションの活性化に取り組んでいることがわかった。そしてこの春、大きな〇がまたひとつ形になるという。今度はなんと、カフェ&ロースタリーをオープンするのだそう。またまたどうして、メガネの会社がコーヒーなのか。
今回の調査では、大きな〇プロジェクトリーダー・白石 将 (しらいし まさる)さん、コーヒー業界歴20年で豆の選定などを担当している武 洋(たけ ひろし)さん、店舗の設計やデザインを担当している飯塚 翼 (いいづか つばさ)さんの3人にお話を聞いた。

左手前から飯塚さん、武さん、右が白石さん

白石 「メガネの購入サイクルは長いので、同じお客さまが再来店するのに2〜3年も空きが生まれてしまうかもしれません。お客さまにもっと来てもらいやすい場所をめざして、まずJINS PARKでベーカリーカフェ『エブリパン』をオープンしました。コミュニケーションをもっと活性化させるべく、次のステップは来店頻度をより高められる、“コーヒー”のお店だなと。コーヒーって、毎日飲む人も少なくないですよね。仕事をしている人が通勤前でも来やすいように、平日は朝7時から営業する予定です。単なるコーヒーショップではなく、豆の選定や焙煎にもこだわれるロースタリーを併設していることがポイントです」

お店の名前は「ONCA COFFEE & ROASTERY (オンカ コーヒー アンド ロースタリー)前橋店」。JINS前橋本社前にオープンするという。ONCAは群馬の方言、上州弁で「心穏やかなさま」という意味の「おんか」と、「温和」の漢詩読み「おんか」にインスピレーションを受けた造語なんだそう。訪れる人、働く人が、みんな心穏やかに過ごせる場所を目指しているという。「おんか」には「公然と」という意味もあり、開かれた場所として誰でも気兼ねなく来てほしい、というメッセージも込められている。

手前に見えるグレーの屋根がONCA。その後ろにある白い建物はJINS前橋本社

さて、ONCAではどんなコーヒーが飲めるのだろうか。

 「メニューはブラックコーヒーの『KURO(クロ)』とラテの『SIRO(シロ)』、2種類のみです。来店のハードルを下げるために、わかりやすく、シンプルにすることを徹底しているんです。お洒落なカフェで、メニューが多くて迷ってしまったり、名前が難しくて注文しづらかったり、そんな経験ありませんか? そういったことがないように、ブラックか、ミルク入りかだけがわかるようにし、日替わりで種類を変えて提供することにしました」

ストアディレクター・MD 武さん

なるほど。そういえば、以前祖母とカフェに行って「カフェラテとカプチーノってどう違うの?」と聞かれたときは大変だった。「カプチーノはミルクのフォーム(泡)が多いんだよ」と言っても、フォームがわからない。説明するのに時間がかかり、祖母も私も疲れ果ててしまった。コーヒーにそこまで詳しくなくても、ブラックコーヒーの「KURO」、ラテの「SIRO」だとイメージしやすい。ONCAなら、私の祖母でも迷うことなく注文できるに違いない。

 「コーヒーの風味の“幅”を楽しんでいただきたいので、豆の種類や焙煎度合いは日によって違います。豆の種類は、浅煎りから深煎り、酸味が強いものから弱いものまで様々です。みんなそれぞれ好みって違いますよね。社内で実施したコーヒーの試飲会でも、みんな美味しいと思う味はバラバラでした。『酸っぱいのは嫌』という人もいれば『酸味が大好き』という人も。それぞれの“好き”と出会えるように、幅広い味の豆を提供します。『あ、今日の豆好きだな』とか『一昨日飲んだ方が好きだったな』とか、比較することで自分の好みを知ることができます」

コーヒーは好きでよく飲むけれど、そういえばいまだに自分の好きな豆がはっきりしない。酸味があるほうが好きなのか、濃いほうが好きなのか。ONCAで幅広い味のコーヒーを飲み比べれば、自分の好みを理解できそう。

飯塚 「ONCAではコーヒー豆を番号で表記します。ドリンクを提供するときはその日に提供する豆の番号と産地を書いた紙を渡すので、気に入った豆の名前を記憶しなくても、次回からは『2番で』などと言っていただくだけで大丈夫です」

地域共生事業部 飯塚さん

これはありがたい。聞き慣れないカタカナだからか、豆の名前を覚えることは難しい。カフェで「この味好き!」という豆のコーヒーと出会えても、後日豆の名前が思い出せず、二度と飲めなかった……なんて経験、私だけではないはずだ。

 「興味を持っていただいた方には、豆について詳しく説明します。自分の“好き”を深掘りしたり、『私はこの豆の味が好きなんだ』と誰かに伝えたりできたら楽しいはず。ただ、そのお客さまに『知りたい』という気持ちがあるかどうかを大切にしたいと思っています。一方的に情報を押し付けたり、うんちく話をしたりはしません」

たしかに小難しいうんちく話に疲れてしまうことはある。店員さんに豆の良さについて力説されてしまったら、味うんぬんに関わらずなんとなく「美味しい」と言わざるをえない状況に追い込まれてしまうことも。まずは静かに見守ってくれるのは嬉しい。

白石 「JINSにはMagnify Life、『人々の人生を豊かにする』というビジョンがあります。視野が広がれば、人生の楽しみは増えるはず。ONCAでも、あくまでその“きっかけ“を提供するのが私たちの役割だと思っています。自分が好きだと思った味について、深掘りたいと思う方にはそのお手伝いをするし、不要な人におせっかいは焼きません。私たちはお客さまがコーヒーを楽しむための、伴走者のような気持ちでいます」

地域共生事業部 白石さん

ロゴマークは「ぐるぐる」!?

ONCAのロゴのマークは、一筆書きで、ぐるぐる。シンプルで書きやすい印象だ。こうしたシンプルさは従業員の働きやすさにもつながっているという。

前回の調査で明らかになった、「人の輪」を広げる取り組み。多様な人材を雇用するために、どんな人でも働きやすい環境を整えることは大きな◯プロジェクトの特徴のひとつである。KURO・SIROというシンプルなメニューも、コーヒー豆の種類を番号で表すことも、コーヒーの敷居を下げることはもちろん、誰もが働きやすい環境を作り出すためでもあるのだ。

白石 「JINS norma同様、ONCAでも障がい者と健常者は区別されることなく一緒に働きます。前回、障がい者のなかには集中力に秀でた人が多いとお話しましたが、それをONCAでも活かせたらと考え、“ハンドピック”と呼ばれる手法を取り入れました。焙煎する前の豆をひとつひとつチェックして異物などを取り除くと、雑味の少ないコーヒーになります」

人間の目でどれほどチェックしても、麻袋で仕入れたコーヒー豆の中には必ず、風味を損なう原因となるカビが生えた豆や、虫食い豆、割れた豆が混入しているという。それらを手作業で丁寧に取り除いていくのがハンドピック。高い集中力が求められる作業だ。

 「ハンドピックは時間がかかるので、焙煎した後に欠点がある豆がないかをチェックするのが一般的です。でも焼く前の生豆の状態で欠点がある豆を取り除くことで、ムラがないクリアな味わいになる。美味しさが格段に向上します」

ハンドピックの作業の様子は、カフェで実際に見ることもできるという。美味しいコーヒーを提供するため、ハンドピック以外にも手間をかけて焙煎しているんだそう。

 「JINSは言ってしまえばコーヒーの素人ですが、『当たり前』や『普通』を知らないからこそ、固定概念に縛られない発想が出てくるんです。たとえば、ブレンドコーヒー。一般的には生豆をブレンドしてから一気に焙煎しますが、ONCAでは生豆それぞれの特性にあった焙煎をしてから、ブレンドします。豆ってそれぞれ特性によって、適した焼き方が異なるんですよ。でも手間がかかる作業だから、一緒に焙煎してしまうことがほとんど。ONCAはそれぞれの豆の個性を活かしてブレンドコーヒーを作ります」

ビジネスとしての利益追求を一番に考えると、かかる手間は少ないほうがよい。でも、ONCAが最も求めるのはお客さまの笑顔。そのためには“美味しさ”が欠かせない。美味しいコーヒーを提供するためにどうすればいいかを純粋に追求し、そこから逆算して「どうすれば実現できるか」を考えている。実はコーヒーのかすをJINS normaの畑に肥料として活用する実験も始めているのだそう。単なる美味しさだけでなく、環境にも配慮して「食の輪」を作ろうとしている。

 「コーヒーの美味しさを引き立てる焼き菓子も、6種類用意します。パウンドケーキにフィナンシェ、カヌレ、チョコチャンククッキー、レモンケーキに抹茶の焼き菓子。ワインや紅茶のペアリングのように、コーヒーと焼き菓子のペアリングを楽しんでもらいたいです」

コーヒーのフレーバーは、ナッツやキャラメルなど香ばしい食べ物にしばしば例えられる。そういった味はコーヒーとの相性が良く、互いのおいしさを引き立て合うという。
……あれ? 抹茶のフレーバーのコーヒーってありましたっけ?

白石 「その通りで、抹茶はコーヒーと相性がよくない味と言われています。でもJINSって困難なことにも臆さずチャレンジする文化があるんですよ。だから逆に『難しいなら、やってみるか』という話になりました(笑)。焼き菓子はエブリパンで作っていて、味には自信があります」

完成した抹茶の焼き菓子は、コーヒーとの相性が抜群なんだそう。「難しいから、やってみる」。無理だと諦めず、どうすれば実現できるか常に考えているから出てくる言葉。大きな〇プロジェクトはこれからも、新しい挑戦を繰り返していくに違いない。

白石 「ゆくゆくは全国に、ONCAを通じてコミュニケーションのハブを広げていきたいですね」

前橋店のオープンからほどなくして、今度はONCA2号店が4月28日(金)にオープンするという。場所はJINSの一号店がオープンした思い出の地・福岡市の天神地区。前橋から全国へ、輪はさらに広がっていくことだろう。

調査を終えて帰路についたが、なんだかまだ、私が知らない〇が存在している気がしてならない。私の頭に浮かんだ言葉は「全ての答えは現場にある」。そうだ、会議室で話を聞いているだけでは駄目。ということで、今度は農業に取り組む“JINS norma”の取り組みに密着しよう。次回へ続く。