パソコン画面に向かい、軽やかに線を引く。画面に描いた立ち姿の女の子に服を着せ、サンプルの色柄を載せていく。ゼロからイチを生み出す瞬間を目の当たりにし、取材スタッフからは「かわいい~!」「速い!」と感嘆の声がこぼれた。AKB48の衣装などを手掛けるデザイナーであり、株式会社オサレカンパニーの取締役を務める茅野しのぶさん。依頼者の漠然とした願望、夢想にかたちを与え、それを上回る提案をして驚かせ、喜ばせる達人である。

「『こういう感じ』というイメージが頭の中にあっても、人は目に見えるかたちにしないとわからないんですよね。実際にこういう生地が存在するかどうかはいったん、置いておいて(笑)。見せて相手の方が気に入ってしまったら、もうこれを作るしかない。だから、オリジナルの生地を作ることもけっこうあります」

2005年のAKB48発足以来、専属で衣装制作を担ってきた茅野さん率いるチームは2013年に株式会社オサレカンパニーとして独立。AKB48のみならず、さまざまなアイドル、2.5次元ミュージカルの衣装制作、スタイリング、ヘアメイクを担うものづくり集団だ。

エンターテインメント業界だけでなく、学校制服ブランド「O.C.S.D.」、医療制服ブランド「O.C.M.D.」という異業種とのコラボレーション、アパレルブランドAcuité -アクチェ-のデザインへと事業領域を拡大。コロナ禍を乗り越え、10周年を迎えた。

医療制服ブランド「O.C.M.D.」の制服(写真左)と、アパレルブランドAcuité -アクチェ-のワンピース(写真右)

魔法のような早着替えで目をくぎづけにする、驚きに満ちたステージ衣装や、歩んできた人生そのものをデザインに映し込んだような卒業ドレス。大人数のグループの衣装の場合、メンバー一人ひとりに合わせたデザインを施しつつ、テーマに沿ったコレクションとしての総体も楽しく見せる。目指すのは“360度どこから見てもかわいい”衣装。1着として同じものはない。

インスピレーション源を尋ねると、「誰かがデザインした洋服やアイテムをヒントにすることはないんですけど、たとえばイスタンブールの宮殿を見て、『壁画の色の組み合わせがかわいい』と思ったらそれを参考にすることも。ほかにも、ああいう色味とか」と笑って指差したのが、撮影場所の本棚に並ぶ背表紙の数々だったから驚いた。目に映ったものすべてが茅野さんの心に蓄積され、衣装デザインにかたちを変えていくのだろう。

アイドル本人を“見て”デザインする衣装

学生時代、スタイリストの師匠のもとでアシスタントをしていた茅野さん。AKB48誕生前夜、マネージャー募集を聞きつけ、履歴書を持って運営に直談判したという。

「マネージャーを募集するということは、スタイリストなんていないんじゃないかな? と勝手に思って。『マネージメント的なこともできますし、若い女性との付き合い方も上手だと思います』みたいなことを言い、自分をプレゼンしたんです」

プロデューサーの秋元康さんに見込まれ採用が決まったのは、22歳のときだった。

そもそもファッションの仕事を志したのは、高校時代に文化祭でダンスを披露する友人のためにつくった衣装がきっかけ。

「三者面談で、普段はクールな先生が興奮して『文化祭で茅野さんの用意した衣装を見て感動したの! 才能があると思う。そういう仕事には就かないの?』と褒めてくれたのがうれしかったんです。私は本当に普通の子だったので、そんなふうに褒められたのも初めてで。

その後本格的に服の勉強をしてからは、『いかに自分に需要をつくり出すか?』をすごく大事にしていました。若いながらどこか自分を客観視していて、『じゃあ、どうしたらいいか?』を考える。それが私の根底にある考え方かもしれないです」

勝算を見定める冷静な眼差し。その一方で、茅野さんは着る人の魅力を引き出し、辿って来た人生そのものを反映したようなエモーショナルな衣装を生み出す、献身的な情熱家でもある。たとえば峯岸みなみさんは、茅野さんが用意した卒業ドレスを見て着用する前から涙をこぼしていた。AKB48と言えば誰もが連想する赤いチェックの生地がふんだんに使用されたそのドレスは、ドラマチックな彼女のアイドル人生をAKB48の姿に重ねた愛の結晶だったからだ。

「アイドルは、14歳ぐらいから24歳ぐらいまでという、人生でいちばん大事な時期を捧げて、自分自身と向き合いながらがんばっているんです。『自分には個性がない』と悩むメンバーもいるんですが、まだ引き出されてない状況なだけであって、本来個性って全員が持っているもの。私はそれを裏方としてうまく見い出してあげたい。衣装によってその個性をより見せることができたら、スタイリストとしての役割を担えているのかなって」

行き来する“3つの視点”

茅野さんが衣装づくりにおいてだいじにしている、3つの視点がある。アイドルの衣装の場合を例に、詳しく語ってもらった。
 
「まず一つ目はアイドル本人の視点です。ステージ上で100%自分の実力を発揮できるように、自信がつく衣装で、パフォーマンスしやすいことをだいじにしています。実は、芸能人もコンプレックスを持っているものなんですよ。

『逆に、これは私のチャームポイントなんだ』と気付いて好きになってもらうか、うまく隠してコンプレックスにはまったく見えないようにするか、そのいずれか。私がどんなに『ノースリーブがいい』と思っても、アイドル本人が『二の腕が気になって嫌だな』と思うなら、『だったら袖(そで)を付けようか?』と言います。

本人たちが自信を持てなかったら、衣装として本末転倒ですから。なので、ステージに自信を持って立てるような衣装をデザインするには、ちゃんとアイドル自身のことを見て、知ってデザインに起こすことがだいじです」

具体的には、衣装を着る人をどう見て、どう知っていくのか。対話はもちろん重要だが、ステージ上での姿を見ることが多くの情報を与えてくれる。

「そのとき輝きのピークを迎えている人って、本当にもう……オーラが星くずになって零れ落ちるようなんですよ。例えば総選挙で1位になる瞬間は、彼女たちの気迫や存在感がオーラとして表れるので。

ステージを見ていて『あ、あの子輝いてるな』と気づき、『だったら今こういうことをしたほうが彼女のためになるな』とか、『あの子は人気が出そうだな。だったら、今一番のトレンドはこの子に着せよう』とか、『今まではこうだったけど、次はワンランク大人になったファッションのほうがいいな』とか。

私自身ライブを見るのが好きですし、ライブはその子自身の“今”をいちばん知ることができる場でもあって。ファンのみなさんがライブを楽しまれている間、私は次の展開を考えているんです」

アイドルの個性や長所を見極め、これからたどる道筋までをも想定して衣装に落とし込む視点。アイドルの視点を得るためのたゆまぬ努力を語るとき、茅野さんの声も熱を帯びる。

「二つ目が、プロデューサーやクライアントさんなど事業をつくっている側の視点。ずっと同じものをつくっていたら、人はいつか飽きてしまう。広告も『あ、こういうのを目にしたことがなかった』と感じるからこそ印象に残るし、いつも新鮮なものを求めていると思うんですよ」

いわゆる“運営側”が抱いている心の奥底の望みを、最初の打ち合わせの時点で引き出す。

「『この人は何を求めているんだろう?』『頭の中に何を描いているのか?』をなるべく“透視”して、それをデザインなどに置き換えていくのをだいじにしています。また、打ち合わせは『今はこういう技術でつくれますよ』とか、『こういう新素材もありますよ』とか、新しいものをご提案する場でもあります」

大胆で、時に奇抜にも見える茅野さんの衣装が実現できるのは、事業をつくる側の視点を持ち合わせているからこそ。そして、もう一つ欠かせない視点がある。

「3つ目が、ファンの視点。世の中の人たちに向けた、第三者の目線ですね。道端で広告を見てくれる人、CDのジャケ写を見てくれる人、ライブに足を運んでくれるファンの目線。

『昨日AKB48のライブに行って来たんだよ! 最初がこういう衣装でさ、いきなり早替えして……』というように誰かに伝えたくなる衣装を心掛けています。

目から入る情報で印象に残って、それが琴線に触れて、『推しがかわいすぎた!』と思ってくれたり、今は仕事や勉強がつらくても、月末に推しのライブやイベントがあるから今日がんばれる、と勇気づけられたり。熱心に応援してくれるファンのモチベーションになりたいな、と思います」

3つの視点が完全に合致することは「絶対にない」と茅野さんは言う。そして、それぞれの80点以上を満たすことは必須とした上で、「今回の案件は何を優先したらいいんだろう?」とケースごとに考えているという。たとえば、こんなふうだ。

アイドル本人の視点に重きを置くのは、生放送の歌番組などのここぞという大舞台。つまり、アイドルが最高の気分でパフォーマンスすると同時に、本人らしさを発揮するべき場面だ。

「オートクチュールみたいにすごく細かい装飾を、アイドル本人のテンションが上がるように施しています。『え!? かわいすぎます! これを着た今日の私かわいくないですか?』と本人たちが感じて、自信を持ってほしいので」

「プロデューサー視点をすこし強めに」と意識するのは、CDのジャケット写真や広告など、クライアントや運営の事業が関係するもの。

そして、「ファンの視点をもっともたいせつにする」のがライブ衣装だ。「やっぱりライブでは、ファンがいちばん望むものにしたいと思っています。チケットをわざわざ買って見に来てくれるファンを置いてきぼりにしちゃいけない」という信念が、ライブ衣装を作るときの基本姿勢なのだ。

ときには衣装がファンの間で賛否両論を巻き起こすこともあるが、それも受け容れる。決して媚びず、ブレない軸を持ち、茅野さんが3つの目線を絶妙のバランスで行き来できるのはなぜなのだろうか?

「永遠に続くコンテンツはないし、自分が永遠に評価されることなんてない、と思っているんです。常にエンタメの中心にいたいという気持ちがあるので常に新しいものを取り入れているんだと思います。秋元さんに昔、エンタメの中心にいるのは、『パレードを最前列で見ていることだ』と言われて。きっと私は、パレードを最前列で観たいんだな、と思います。なので、現状維持でいいという感覚がないのかもしれません」

人の心を動かす“衣装の力”

未来を見据えて挑戦し続ける開拓者精神は、オサレカンパニーの運営にも反映されている。制服事業は、伝統を重んじる業界のいわば新参者としてスタート。当初は「学校制服をアイドルの衣装みたいにされても困る」という、警戒ムードもあったという。しかし茅野さんは “こうあるべき”にとらわれることなく、新しいデザインを生み出してきた。ここでも軸にしているのは3つの視点である。

「先生側の視点、親御さんの視点、生徒自身の視点の三本柱を意識します」

3つの視点それぞれの要望を網羅した学校制服事業「O.C.S.D.」の採用校は現在32校に上り、いずれも入学倍率は上昇中。そのうち、とある女子高校の制服をデザインした時、うれしい誤算があったという。

「制服のデザインの打ち合わせで、先生方は、生徒さんたちに対して『自分の良さを知り、自主性を持って強くたくましく美しく優しく生きていってほしい』と願っていて、『自分たちで選べる制服がいいです』とおっしゃったんです。それを踏まえ、リボンかネクタイかを選べたり、リボンを裏返すと色を変えられたりするのに加え、パンツを選べるようにしました。

今はどんな性自認でも違和感なく着られるようにパンツの制服を用意する学校が多いんですけど、学校制服のパンツは男性用のスラックスを女性サイズにしたものしかなかった。けれど、先生との世間話で『パンツが似合うからパンツをはきたい』と言う子もいると聞き、女性の身体に合うパンツを一から型紙を引いてつくって『それを学校の特色の一つにしませんか?』と提案しました。

自分のスタイルを高校生のうちから確立でき、その選択肢があるのが、この学校の特色だなと思ったので。導入してまだ1年目だから、パンツを選んだ学生さんは10人以下だろうなと思ったら、最初のオーダーを取った時点で30人ぐらいいて、うれしかったですね」

着る服を選ぶこと、それを身にまとうことには意味があり、目には見えないパワーを秘めている。しかし、コロナ禍でエンターテインメントは“不要不急”とされ、大打撃を受けた際、衣装は真っ先に予算を削られる部門でもあった。それでも茅野さんがブレなかったのはなぜなのだろうか。

「衣装の力を信じるにいたった経験が、一つだけあるんです」と語り始めたのは、2011年の出来事だった。

「東日本大震災の時に、AKB48が被災地訪問をしていたんです。最初は批判もされていたんですけど……驚くほど復興が進んでいない中でトラックをステージにして歌っていた時、子どもたちが見に来てくれていて。

とあるお子さんが、『あれ? AKB48、いつものキラキラしてる衣装じゃないね。見たかったね』とお母さんに話しているのが聞こえてしまったんです。その時の衣装は、Tシャツとデニムといった普通の格好。『被災地の方々は、ご自分たちがたいへんなのに、きらびやかな衣装を着たアイドルを見るのは嫌かな?』と、私が勝手に思い込んでいたから選んだものでした」

茅野さんは自問自答した。「この被災地のステージで、何がだいじなのだろうか?」と――。

「被災地の方々にお訊きしたら、『子どもが笑っていることが復興の第一歩だ』とおっしゃっていて。子どもたちにとっては、衣装を着ているAKB48がテレビで観ているAKB48であり日常だから、『そっちのほうがいいのかな?』って」

時が経ちクリスマスになり、訪れた被災地。茅野さんは葛藤の末、ある選択に踏み切る。

「メンバーに、サンタクロースをモチーフにした衣装を着せたんです。ステージに出て行ったとき、子どもたちが『わー! サンタクロースだ!』とめちゃくちゃ喜んでいて。今思い出しても感動するぐらい、本当に笑顔で……。市長さんや村長さんが『子どもたちがこんなに喜んでいるのを久しぶりに見ました』とおっしゃっていました。

『普通のTシャツ、デニムだったらこうはならなかったかもしれないな』と思ったときに、衣装の持つ力を実感したんです。私としてはひとつの答えが見えた日でした。みんな間違いなく笑顔になっていたし、元気になっていたし。一人の子が『私、将来アイドルになる』と言っているのを見て……人の心を動かすことができる、衣装の力を感じることができた経験でした」

独立10周年、見据える未来

10周年を迎えたオサレカンパニー。将来の展望を尋ねると、茅野さんは3つの展望を明かしてくれた。

「一つ目は、才能ある人がちゃんと福利厚生の整った環境で生計を立てられて、その上で才能を伸ばすこと。二つ目は、いわゆる普通の人の人生のハイライトの一部になるような服をつくること。卒業ドレスに感銘を受けて、『自分のウェディングをこういうドレスにしたいんです』というメッセージを送ってくれる人もいます。そういうときに衣装で何か手助けできたらいいな、と思いますね」

三つ目は、さらに視野を広げ、社会貢献につながる大きな展望である。

「衣装業界、芸能界はまだまだ男性社会なので、女性が働きやすい環境を整えたいですし、『若い人たちが夢を持てる国にしたい』という想いがあります。『どうせ自分が頑張ったって無理だし』と諦めてしまっている若い方がいるなら『そんなこともないよ?』と言えるような、支援ができたらいいなと思います。自分一人の力では無理なので、プロジェクトみたいなかたちできっかけづくりができたらうれしいですね」

夢を持てない若者の話をするとき、茅野さんの口調は慈しみ深く、声は温かかった。

「才能とか良さって、自分が思ってもいないところが後から評価されて気付くもので、それが自信に繋がってオーラになって説得力になって、その人の存在に価値が生まれると思うんです。自分自身に期待してほしいし、自分自身が人生の一番の応援団になってほしいので、若い人に何かしたいと思っていますし、それが社会貢献に繋がればいいな、と思っています。理想論かもしれないですけど、何かできたら」

成功者の高い目線からでは決してなく、「私もそうだったように、最初は何者でもないので」とほほえんで、過去の自分の面影を重ねて寄り添う。相手の目線に立って、自分のことのように常に真剣に考えることができる。

それこそが、茅野さんの才能なのではないだろうか。愛情を持ってアイドル本人を見るからこそ、見る人の心に残る数々の衣装が生まれた。茅野さんがその視線を向ける対象は、果てしなく広がっていく。

若者の未来に寄り添うことは、かつての自分を、今の自分の視点で見つめ直すことなのかもしれない。将来を見据える茅野さんの目は、光り輝いていた。

【プロフィール】
茅野 しのぶ(かやの しのぶ)
株式会社オサレカンパニー クリエイティブディレクター
AKB48創設当初より総合プロデューサー秋元康氏の下で衣装担当として活動。
その後、デザイン・衣装・ヘアメイクなどの事業を担うオサレカンパニー社のクリエイティブディレクターに就任。これまでに制作した衣装はおよそ35,000着。メンバーの個性を引き出す豊富な衣装デザインとバリエーションに定評があり、AKB48以外にも、声優、コスプレイヤー、2.5次元アーティストの衣装、学校制服・医療制服のプロデュースなども行う。