「聞かなきゃいけないこと」より「聞きたいこと」
堀井 阿川さんはプライベートではおしゃべりなタイプで、「聞くときは我慢している」とおっしゃっていますよね。私はプライベートではあまり話さないので、真反対だなと。
阿川 そう、本を読んで驚きました。「アナウンサーなのに?」って。
堀井 「読む」のは好きなんですが、自分のことを聞いてほしいという気持ちがないんです。それよりも人の話を聞いて、「ほおーっ」って思ってるほうが幸せで。とにかく、新しいことを知るのが楽しいんですね。
阿川 幸せの場所がそこなのね。
堀井 はい。盛り上げたい、目立ちたいと思わず。ずっと人を見て聴いています。
阿川 まあ、自分が恥ずかしくなってきちゃう(笑)。ちょっと前に亡くなられたグラフィックデザイナーの長友啓典さんとはご近所さんで、一緒にゴルフに行くときは私が運転手になってゴルフ場にお連れする「道中の友」だったんですね。年はずいぶん離れていたんだけども。で、その車中で長友さんと私がどんな会話をしていたかというと……「こないだAさんに会ったんやけど、オモロイ服着ててなあ」「へえ! それで思い出したんだけど、Aさんって交通事故に遭ったんですって」「ほー! 交通事故といえば僕は昔フロリダで大事故にあってな」「ああ! フロリダといえば」ってな感じで、エンドレスしりとり歌合戦。
堀井 あっはっは!
阿川 人の話を聞くと、私の引き出しが動き出すんです。相手の話の中の「ひらめく言葉」が、自分のしゃべりたいことを連れてくる。「聞く」ときはその「ひらめく言葉」から次の質問が浮かんでくる。だから、段取りどおりにいかなくなるのね。
たとえば料理人の方のお話を聞いていて、「中学のときに母を亡くしたから早くから料理をするようになった」と言われたら、その日のテーマが料理でも「お母さん、中学で亡くなったんですか? それは大変なことですよね。そのとき生活はどうなさったんですか」って聞くと思います。
堀井 そのときの阿川さんにとっては、それがいちばん気になる言葉だったということですね。話を無理に進めたり、「聞かないといけないこと」に寄せたりしない。
阿川 そうそう。自分の経験を話すときって、無意識にその時代に戻るじゃないですか。当時の空気が頭の中で蠢いて、言葉を紡いでいく。そこで無理やり聞き手が別のところに話題を飛ばすとその人はまたスイッチ入れ替えなきゃいけない。でも、相手の頭の中にある空気から拾った言葉ならそのまま話をふくらませられるでしょう? 「あのときお母さんの病院に何度も行ったな」「弟はまだちっちゃかったな」と思い出がぐるぐる回っているときに「ところで得意な料理はなんですか」って聞かれたら、ねえ。
もちろん、聞かなきゃいけない質問は大切ですよ。でも頭の片隅にその意識は残しつつ、しゃべっている人の気持ちがどこにあるのかってことを大事にしたいんです。
そうすると、ずいぶん長いこと開けてなかった心の引き出しが開いて、ほんとうのその人らしさとか、苦しみや喜びが出てくる。過去の資料には書いてなかった話が出てくることもあります。
堀井 ほんとうに、そのとおりですね。
阿川 エラそうに言ってるけど、毎回うまくいくわけじゃないですよ。踏み込みすぎ て失敗することもあるし、和む時間を作れないまま終わったときだってあるし。聞か なきゃいけない項目は全部聞いたけどなんとなくおもしろくなかったなってこともあります。
堀井 ああ、「きれいにまとまったんだけどつまらない」、ありますよね。規定演技は完璧にできました、でも自由演技は駄目でしたって。
阿川 まさに! この人は譜面どおりに演奏しているんだろうけど心に響かないわあって。
堀井 相づちや質問を、学んだとおりに実践していている「だけ」だと、そうなるのかもしれません。自分の心が伝わらないから。やっぱり「聞きたい!」という気持ちがないと、どうがんばってもおもしろくはならない。
阿川 うんうん。抜かりなくやってる人はつまらないですよね。よくお勉強しましたね、以上、という(笑)。
堀井 では阿川さんは、どういう方が「聞き上手」だと思われますか?
阿川 そうねえ。『聞く力』を出したとき、取材で「聞くためにはなにがいちばん大切ですか」って質問されたんです。私、そこで、「聞くってことじゃないですか」って言ったんですよ。
堀井 禅問答のような。
阿川 だいたいの人は、そんなに人の話は真剣に聞いてないんです。でも、だからこそ心から聞いてるとき、それはしゃべってる人に伝わります。相づちが下手でも、朴訥とした質問の仕方でも、この人は私の話を心に響かせてくれてるんだなとわかる。だから「聞いている人」が、「聞き上手」、というのが私の答えですね。……でもねえ、人の話を常に100パーセント聞くなんて、絶対に無理! クタクタになっちゃう。人間の耳は、取捨選択するようにできているんです。
堀井 私も聞き手でいることが多いですが、常に100パーセントではなくて、ところどころ「抜きどころ」があります。ここぞというときは聞いて、ここは大丈夫かなというところではふと耳の力を抜く。それでいいんだと思います。
阿川 まっ。優しい顔してちゃんと話を「捨てて」るんですね。
堀井 (笑)。それにしても私と阿川さんだと、素の自分が聞くときの「耳の持っていき方」が全然違うなと思いました。阿川さんは、ご自分の言葉で対話される。私は自分が脇役で相手が主役だという感覚が常にある。この本で言うところの「聴きポジ」に対する意識(その場にどういうふうに存在するか、どういうふうに人の話を聞くか)がまったく違います。
阿川 もう性格ですよね。私は自分の愚にもつかぬ話をおもしろがってくれる人が好きですが、堀井さんはどういう方と話すのが楽しいですか?
堀井 ずっと話し続けてくれる人ですね。相手の言葉をシャワーのように浴びながら、自分がちょっとずつ方向転換させていくのが楽しくて。
阿川 わ、猛獣使いなんだ! 相手がしゃべって、自分が動かす。
堀井 ラケットで打ち合うよりも、背中に乗って会話を導きたいというか。
阿川 はーっ。ほんとうに優秀な聴き手ですね。
堀井 いえいえ、サボってるだけです。だからこの本の「聴き方」って、身につけるとすごくラクチンに過ごせると思うんです。話題を提供することなく、話術を磨くことなく会話が和やかに進むという。
阿川 それで人からは好かれるなんて、いいこと尽くめですね。いやあ、ホントの女王様はそちらかもしれない。私はただ騒いでる下女みたいに思えてきちゃったわ(笑)。
自分の言葉で聞く
堀井 いま、世間では「聞く」ことに注目が集まって、ある種のビジネスになっています。何十分いくらで話を聞きます、というような。じゃあ私は誰に聞いてほしいかなって言ったら、いくらでも出すので(笑)阿川さんにお願いしたいと思いました。なぜかというと、ご自分の言葉で聞いてくださるから。
だいぶ前ですが、ショックなことがあったんです。ある取材で、タレントさんに「この役について」とか「みなさんにメッセージを」といった台本通りの質問をしていたら、取材後に「ダサい質問ばかりだった」って言われてしまって。
阿川 あらま! なんて言い草。
堀井 そのとき、同じ質問でも「言葉」を変えればよかったんだな、自分の言葉を使わずに済ませてしまったなと反省しました。阿川さんのインタビューを拝読すると、「耳にしたことのある質問」をされないんですよね。定型文を使わない。同じ答えを導くうえでも、阿川さんならではの聞き方をされている。とてもむずかしいことをサラリとされているなと思いました。
阿川 それは、意識しているのもあるけど、根が小心者なんですよ。それこそ映画公開に合わせたインタビューなんて、一日十数種類のメディアから取材を受けるわけでしょう? 「私は何番目ですか」って聞いて、ひとり目だって言われたらほっとするけど、「8人目です」なんてもういい加減しゃべり飽きてるに決まってるじゃない。ビクビクしつつ、聞かなきゃいけない定型質問を投げかけるときは「百万回聞かれてると思いますけども、いいですか」って最初に言っちゃうの。
堀井 これからイヤな質問します、ストレスがかかる質問しますと伝える。そのひと言で、相手も「自分のことを理解してくれている」と感じられますね。
阿川 相手が今どういう気持ちでいるかを観察しているんですよね。いい加減この取材に飽きてるなとか、また同じような質問かって顔してるなとか。察しつつ、観察しつつ、少しでも気持ちよく答えてもらえる聞き方を心がけています。小心者ですから。
堀井 その気遣いは、阿川さんのインタビューからとても感じます。
阿川 でも、堀井さんの一歩後ろに下がる癖は仕事でもプライベートでも堀井さんの個性や武器になっているし、きっと周りの方も話しやすいわあって感じておられると思います。堀井さんは、聞くのがほんとうに好きなんだなと感じますもの。
堀井 ありがとうございます。私にとって、「聞く」はひとつのエンタメなんです。映画もドキュメンタリーなどのノンフィクションが好きですし、「ほんとうの話」を聞きたいんだと思います。阿川さんは、聞くことがお好きですか?
阿川 相手が前のめりに話してくれるときはうれしいけど、乗り気じゃないとすぐ帰りたくなっちゃう(笑)。そこは粘り強くないの。堀井さんに学ばないと。
堀井 いえいえ。会話ってお互いさまみたいなところがあるので、やっぱり「楽しい場にしよう」っていう気持ちが一切ない人と一緒にいるのはしんどいですよね。私もそういうとき、無理にこじ開けたり盛り上げたりしようとはしません。
阿川 そうそう。おもしろい場をつくろうっていう気持ちが共通していると、楽しいんですけどね。そうは言ってもいられないので、日々、一生懸命聞いています。
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