もともと、ホテルが好きな訳じゃなかった

草野美木さん(以下、草野) 龍崎さんがプロデュースされている大阪・弁天町のホテル「HOTEL SHE,OSAKA」に宿泊したことがあるんです。

龍崎翔子さん(以下、龍崎) 本当ですか! ありがとうございます!

草野 部屋にレコードプレーヤーがあったり、ラウンジで様々なイベントが開催されていたり、ホテルにいるだけで今までに経験したことがない体験ができてたのしかったのを覚えています。

龍崎 ホテルをメディアと定義し「新しいライフスタイルの体験」を提供することをテーマにしているので、そう感じていただけてうれしいです。じつはわたし、もともとホテルが好きな訳ではなかったんです。

草野 え! そうなんですか?

Hotel She, Osaka

龍崎 小学生のとき家族でアメリカ横断旅行をした際に、土地によって景色も文化も違うのに、ホテルの印象はどこも変わらないのがつまらなく感じられて。もっと土地の個性を感じられるホテルがあってもいいのに、ともどかしく思っていました。

宮武徹郎さん(以下、宮武) ぼくも出張でアメリカのホテルにはよく宿泊しますが、コンセプトが似ているところが多い印象を受けますね。アメリカは基本的に「マス向け」になるので、リーズナブルな価格帯のところだとスタンダード化されてしまうのかもしれません。ホテルとしての「型」が決まっていて、オリジナリティはほとんどない気がします。

草野 龍崎さんが手掛けられているホテルは土地ごとにコンセプトが違っていて、まさに個性的ですよね。一方で、ある意味グループとしての統一感はないというか。

龍崎 そうですね。わたし自身、ホテルに泊まるときはその土地の空気を感じられる宿泊体験をしたいので、ホテル全体に共通するコンセプトはあえて掲げていません。ホテル経営の王道としては、「HOTEL SHE, 〇〇」といった統一のブランドで全て展開したほうがわかりやすいかもしれませんが、それだと自分の原体験を癒せない気がしていて。ホテルを開発するときは、その土地が醸す空気感を再解釈しながら、オートクチュールのようにつくりあげていきます。

土地の空気感を捉える方法

宮武 それぞれの土地の空気感は、どうやって感じ取っているんですか?

龍崎 前提として、完璧に捉えられるものだとは思っていません。場所に対する印象は人によって様々で、その「イメージ」に唯一無二の正解はないはず。どれだけ誠実に土地のことを知ろうとしても、「自分の解釈」というフィルターを通してしか捉えることはできません。

草野 そのうえで土地をどうやって捉えているんでしょう?

龍崎 正攻法があるわけではありませんが、「比較」はひとつのキーワードになると思っています。たとえば、以前運営に携わっていた湯河原の温泉旅館「THE RYOKAN TOKYO Yugawara」と(現在は別会社が運営)。運営に入った当初は、働いているスタッフの誰もが「湯河原に際立った特徴はない」と口を揃えて言っていて。

確かに、湯河原にはこれといった観光スポットや名産品があるわけではなく、個性を掴みづらい部分があるかと思います。かたや、同じ関東圏の温泉マーケットで人気を誇る、箱根や熱海と比較してみると、箱根は美術館など文化的な観光資源が豊富で、家族やカップルで訪れる人が多い。熱海は高度経済成長期やバブル期に開発されたような施設規模の大きいホテルや旅館が多く、社員旅行などの団体旅行に街が最適化しています。

THE RYOKAN TOKYO YUGAWARA

草野 たしかに一口に「温泉地」と言っても、地域ごとに特徴が違いますよね。

龍崎 箱根や熱海と比べると、湯河原は観光資源が少なくて、大規模な宿もほとんどありません。家族経営の、小規模かつ高単価型の宿が中心で、老夫婦が数十年以上にわたって毎年通う、といった愛され方をしています。すなわち、温泉宿以外で遊べるスポットが少ないということすらひっくるめて、湯河原は、自分自身と向き合う「湯ごもり」の場所として利用されてきた温泉地であると解釈できると考えました。実際、多くの文豪が都会の喧騒を離れ、執筆のため逗留して愛した地、という歴史とも整合性がとれますよね。比較して相対化することで、個性や特徴はわかりやすく浮き出てくるように感じています。

宮武 ビジネスにおいて「比較」って重要なキーワードだと思います。社会的な地位やブランドのステータスも、比較から生まれますよね。土地だけじゃなくて人や文化を理解するときにも、周りと比べることは有効な手段です。

宿泊体験を考えるとき、まずは主人公を決める

宮武 比較すると特徴がいくつか見えてくると思うのですが、どうやってコンセプトまで落とし込んでいるんですか?

龍崎 土地に残る歴史や空気感を読み取りながら、それらを引き立てる体験を重層的に考えていくことが多いです。例えば、金沢の「香林居」の場合は、香林坊という土地の由来にもなった還俗した薬種商の物語から「処方」「薬草」「精神世界」、またその語源にもなった中国の香林という土地の伝説から「異民族と異教徒の融和」「桃源郷」「金木犀の香り」などのキーワードをインスピレーションとして得ていました。

ただ、それらをそのままコンセプトに落とし込んでいくと要素が多すぎて物語が崩壊してしまう。なのでまずは「主人公」、つまりその中でどこにスポットライトを当てていくかをを決めるのです。最終的には、これらの要素を包含しつつ、サウナやアメニティなどの宿泊体験に滲み出していく「蒸溜」に焦点を合わせる形になりました。

宮武 世代など顧客層によっても、刺さるコンセプトって違いますよね。龍崎さんがホテルをプロデュースするときには、どういうターゲットを意識しているんですか?

香林居 コンセプト開発・企画ディレクション/株式会社水星 プロジェクト統括・施工/西松建設株式会社 ブランディング・トータルプロデュース/株式会社サン・アド

龍崎 じつはターゲットはあまり意識していないんです。わたしや、経営している「水星」という会社のメンバーが抱く「同世代的な感覚」を軸につくっています。というのも、こういう人たちに来てほしいなと狙うことには、あまり意味がないと思っていて。「あの年代の子たちってタピオカ好きなんでしょ」「こういう人たちってK-POP好きだよね」というように一種の傲慢な決めつけがどうしても生まれてしまい、フェイクを孕むようになってしまうと感じています。

この層を狙いにいこうと考えるよりも、「自分たちはこう思う」とリアルな感覚で大切にしたほうが、輪郭がはっきりしたものを生み出せるように感じています。「水星」のホテルは、あくまで自分たちが泊まりたいホテルをつくった結果として、そこに共感する方々が来てくださるのだと思います。

宮武 そういう「感覚」って、時代と共に変わっていきますよね。10年後、20年後、感覚の変化にはどう対応していくのでしょう?

龍崎 たしかにいま、20代のわたしたちが好んでいるホテルのスタイルは、30代になったときには合わなくなっているかもしれません。でも、ホテルはスクラップアンドビルドすることができます。自分たちがその時代で求めるものに、新陳代謝していくことができる。そんな柔軟性を持ってホテルを生み出していければいいと考えています。

常識と戦うより、違う視点を提案して選択肢を増やしたい

草野 「自分の感覚」が世間と一致しないなと感じることはありませんか?世の中で流行っているものが、いまいち理解できないとか。

龍崎 世の中の流行りが理解できないことはありますね。流行り以外でも、常識とされていることや規範化されたサービスに対しても「なんでだろう?」と疑問に思うことが多いです。

草野 龍崎さんは既存のものを当たり前だと捉えていないから、新しい概念をつくり出せるんだと思います。常識に対して疑問の声を上げることに、抵抗はありませんか?

龍崎 昔から人と違う行動を取ることへの抵抗感がないんです。もしかしたら「マイノリティ」として育ってきたからかも。わたしは幼い頃から国内や海外を転々としていて、常にコミュニティの外側に存在している感覚がありました。

でもそれはコンプレックスではなく、むしろ「マイノリティ」であることが自分にとって当たり前で心地いいことでしたね。だから人と同じ行動を取って安心したいという気持ちが生まれなかったのかもしれません。

ただし、世の中の常識や既存の概念など「マジョリティ」を否定したいわけではないんです。たとえ腑に落ちなかったとしても、批判するようなことはしたくありません。だれかを嫌な気持ちにはさせたくないので。

草野 たしかに、龍崎さんのSNSはあまり炎上していない印象です。

龍崎 SNSでの発信も、いたずらに人の感情を刺激しないように心がけています。SNSって邪気がある投稿には、更なる邪気が集まってくる気がしませんか?雰囲気としての邪気が。

宮武・草野 邪気ですか(笑)。

龍崎 炎上する土壌というか(笑)。フォロワーの数って注目してくださる方の数であり、自分に向けられている銃口の数でもあると思うんです。

だからわたしはSNSではあまりフォロワーを増やそうとはしていなくて、「なんか頑張ってる人がいるな」と知ってくれている人がいればいいな、くらいの温度感でやっています。

草野 わかります。わたしたちも情報を発信するときは気をつけていて、あまり断言しないようにしているんです。反対側の意見を持つ人は必ずいるし、自分自身の意見が変わる可能性もある。いろんな意見が存在するなかで、自分の言葉を発することって難しいですよね。

龍崎 そうですね。言葉をどう受け止めるかは人によって違うからこそ、発言には気をつけなければいけないと感じています。だれかと足を蹴り合うようなことはしたくないですから。

ホテルプロデュースにおいても、わたしはなにかと戦って勝ちたいわけではないんです。いままでとは違う視点を提案することで、ライフスタイルの選択肢を増やしていきたい。これからもホテルが持つ可能性を追求し続けていくことが、わたしがやりたい事業の本質なんだと思います。

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取材終了後、龍崎さんからこんな言葉をいただきました。

「じつはわたし、週末によくJINSへ行くんです。メガネってそれまで1本あれば十分だと思っていたけど、JINSに行くとアクセサリー感覚でいくつも持つという選択肢が広がって。」

今回のインタビューを通してうかがった「違う視点で選択肢を増やしたい」という気持ちが、JINSでの体験にもつながっていました。

地域ごとの空気感を生かすという龍崎さんの考え方は、JINSがこれまでに展開してきた地域共生の取組みや、出店地域に合わせて地元のアーティストや建築家を起用する姿勢にリンクする部分もあるように感じます。

そんな龍崎さんと、アメリカでのご経験がある宮武さん、SNSを通した伝え方に関して独自のお考えを持つ草野さんとの3人だったからこそ話題が多岐にわたった鼎談となりました。